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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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 五村と呼ばれる鈴白、鳴黒、緑林、藍染、赤石村。


 この五つの村は基幹産業がそれぞれ異なり、藍染村は物造りの村として職人が多く住む村である。

 陶芸から始まり家具や大工まで様々な職人が活躍し、五村の大体の建物家屋には彼らが関わっている。

 正武家屋敷も例外ではなく、黒塀が壊された時は左官屋が来ていたし、毎日使用している食器は藍染村で焼き上げられたものだ。


 数十年前の戦時下では各村の基幹産業が異なっていたお陰で自給自足が成り立っていた。

 それは今でも健在で五村で生活する場合は基本的にここから外へ出なくても不自由なく暮らすことが出来る。

 唯一困ることと言えば高校以上の学び舎が無いことだけれど、家業を継げば進学は必要ない。

 知識は先代たちから引き継げばいいだけだし、物流は五村内で回流しているから難しい経済の仕組みなんて知る必要もない。

 日本という国において五村が一定の隔離性が保たれている所以はここにあった。


「郷土資料館と人形ってどういう繋がりがあるの?」


 人形が収められた木箱をチラッと見た玉彦は、白湯を一口飲んでから湯呑みを膝に下ろした。


「藍染の絡繰屋敷には村で造られた物が展示されている。人形もその一つだった」


「えっ、そうなの?」


「藍染で造られた人形には印がある。多門、確認してみよ」


 言われた多門は木箱を手繰り寄せて蓋を開け、頭部が無い人形を取り出す。

 玉彦は日本人形の着物の裾を捲るように言って多門が指示に従えば、人形の腰の部分、丁度尾骶骨の辺りに丸で囲まれた藍の字が藍色の糸で刺繍されていた。

 この藍の字は藍染村で造られたことを示しており、食器のお皿を引っくり返せばよく見かけるお馴染みのものだ。

 続いて多門はフランス人形のスカートも同じように捲り、印が施されていることを確認した。


「でもさっき玉彦はこんなの確認していなかったよね?」


「俺はこの人形が絡繰屋敷に在ると知っていた」


「え?」


「良く知っていたのだ。小さなものは入り口に、大きなものは多数の人形が展示されている部屋にあったものだ」


「ていうことは、その時からこの人形たちはその、動いてたってこと?」


「動いてはいない。普通の人形だったはずだ。そうでなければ豹馬が反応していただろう」


「豹馬くん? 反応する以前に豹馬くんがそんなとこに行かないんだから解らないでしょうよ」


「あー、あのね比和子ちゃん。五村の小学生は社会見学でね、何度か絡繰屋敷に行くんだよ」


 説明不足の玉彦に澄彦さんが補足してなるほどと私は思う。

 自分たちが住む地域の歴史を知るために、藍染村では郷土資料館のような絡繰屋敷が最適なのだろう。

 村で造られた物が展示されているんだから、それを見学しつつ説明を受けるのだろう。

 高彬さんにお酌されながら澄彦さんは微笑む。


「社会見学で藍染の絡繰屋敷に行くぞって先生に言われたらすごくテンションが上がったね。僕は」


「鈴白からお出掛けできるからですか?」


「いやいや、そうじゃない。絡繰屋敷ってね名前の通り絡繰りが施された屋敷なんだよ。俗に云う忍者屋敷みたいな感じ? 藍染の職人たちが集結してこれでもかというくらい絡繰りを仕掛けまくっていてね。彼らの集大成が絡繰屋敷なわけ。娯楽が少ない五村のアトラクションの一つと言っても過言ではないね」


「へぇ。知らなかったです」


「比和子ちゃんはそうだろうね。大体絡繰屋敷は小学生が行くところだから、高校からこっちに来た比和子ちゃんには誰も話さなかったんだろう」


 小学生が行って楽しい場所だったとしても、高校生になってしまえばわざわざ足を運んでまで遊びに行くようなところではないのかもしれない。

 そもそも郷土資料館のようなものらしいし、高校生の私がどこか遊びに行こうと言っても学校で見学しているようなところに連れて行こうとは亜由美ちゃんも那奈も思わなかったに違いない。

 私としては全然楽しめるから良かったんだけどな、と思ってももう過去である。


「ともかく絡繰屋敷には藍染にて造られた物が展示されており、人形はその中の一つだった。ここまでは良いか」


 しげしげと人形を観察して鼻を寄せた多門を見ながら玉彦は、澄彦さんと私によって脱線しかけた話の軌道修正をした。

 二度頷けば玉彦は澄彦さんに一度視線を投げかけてから口を開く。


「懇切丁寧に造り上げた物には念が籠りやすい。屋敷には展示するべくそういった意気込みで造られた物が多数ある」


「じゃあじゃあ、念が籠って人形が動き出したってことね!」


「違う」


 自信を持って言ったのにあっさりと玉彦に否定されて私は顔を横に背けた。

 ちょっと恥ずかしい。


「念が籠れば動き出す、という簡単な話ではない。だが絡繰屋敷にはそういう可能性を秘めたものがあることも確かである。ゆえに一つ決まりがある」


「決まり?」


「管理する人間が違和感を覚えた物については理由を問わず、処分する」


「どうして?」


「毎日見ている物に言葉にならないが何か変化があったとすれば、それは不穏な兆しである」


「それじゃあもしかしてあの人形は……」


 猩猩の猿助は神社のお祭りの際にお焚き上げされるはずの人形を勝手に持って来てしまっていた。

 玉彦の話を踏まえれば不穏な兆しがあったから人形たちは神社へと運び込まれたということだ。

 不穏な兆しがあるのに猿助ってば……本当に猩猩の頭なんだろうかと疑いたくなる。



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