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そこはね、私も申し訳ないなとは思ってるのよ。
普通の家庭に双子が産まれたなら実家と親戚とかが力を合わせて育てるんだろうけど、私には親戚といってもお祖父ちゃん一家だけで、正武家という特異な家の子どもたちだからお世話のお手伝いを頼んでも恐縮させてしまうだろうから頼み辛い。
『嫁としての覚悟もなく使命もなく誇りも持たぬ者を娶った次代に憐憫の情しかわかぬ。子ら共々死んではくれぬか。次代にはそなたよりももっとずっと相応しい者があるはずだ。子が腹にいるまま死ねば力は次代に還り再び子を望める』
死ねという命令から死んでくれとお願いに変わり、私は黙り込む。
どうして私をここまで排除したがるんだろう。
五村の意志は正武家を存続させるために動くことを考えれば、もしかして私が産む子どもたちは意志にとって非常に不味い存在だと認識されているのか。
『もし今死んでくれるのならば苦しまずに母子共々眠るように逝かせることができる』
ほんの少し気持ちが動揺した私の隙に意思の優しい声が語り掛けて来る。
五村の意志がここまで私と子どもたちの死を望むって、この先の未来に何が待ち受けているんだろう。
もし産んだら、正武家は無くなってしまうほどの災難に見舞われるってことなのか。
「どうしてそこまで」
『そなたは彼らに相応しくない』
堂々巡りの返答に辟易する。
相応しくない理由、相応しい者の条件を口にせず、意志はただただ私を否定し続ける。
ここまでくると単に私が嫌いなんじゃないの? と思う。
確かに学生の頃は玉彦を色々振り回していたのは自覚している。結婚してもそれなりだが。
『もっと見目麗しく品行方正な、優しく自愛が溢れ勤勉で慎ましやかな者が次代には相応しい』
それから延々と意志が求める女性の条件を聞かされ、私は段々と半目になっていく。
どこの世界にそんな完璧な人間がいるっていうのよ。
玉彦だって私からすれば完璧人間だけど、嫉妬深いし、他人の機微に疎いし、食べ物の好き嫌いはあるし、長所の方が多いけれど短所だってある。
五村の意志が求める条件はあくまで理想論であって、現実的じゃなかった。
『これでわかったであろう。そなたは相応しくないのだ』
確かに私は全くとは言わないけれど当てはまらないことが多い。
しかし五村の意志が挙げたことに一番大事なことが抜けていた。
「一番大事なことはそういうことじゃないわ。どんな人間であっても玉彦が好きになって、玉彦を好きなことよ」
これから何が待ち受けているのか想像も出来ないけれど、それでも二人で乗り越えて行こうって思えることが大事。
二人でってとこがポイント。
玉彦だけに任せてばかりじゃなくて、自分の足でも踏ん張って、時には彼を引っ張って行けること。
結構良いこと言ったわ、私。と思っていると、意志は鼻で笑った。
『次代は必ず相応しい者を前にすれば好む。そして相応しい者も次代を愛するようになる。わたしがそうさせる』
「ちょっとそれはずるくない!? いくら五村の意志だからって玉彦の気持ちまで操ろうとしないでよ!」
『操ることはできない。ただそういう流れに持っていくだけだ。それにはそなたの存在が邪魔なのだよ』
「だから死ねって言うの? ふざけないでよ。ていうかね、どこの世界にそんな完璧な人がいるのよ」
世界中探せばどこかにいるかもしれないが、もし海外の人だったら日本人じゃないから駄目とか五村の意志は言い出すだろう。
誰がどう足掻いたって求められる条件に当てはまらないのだ。
『これからこの五村にて相応しい人間を育む。年の差は出来てしまうが出来ぬこともない』
「これからって……。玉彦が何歳になると思うのよ。私が死んだら玉彦は」
『家を存続させるために否が応にも嫁は娶る。十数年もすればそなたのことも忘れるだろう。丁度良い時間だ』
「そんなのって」
『どうか。死んではくれぬか。この通りお頼み申し上げる』
五村の意志はそう言って無い頭を下げて平伏した。
同時に周囲の女性たちも意思に倣い平伏す。あぁ首の断面は肌色なんだな、と関係のないことをぼんやり思う。
ここまで私の死を求めるってことは正武家にかなりの災難が降りかかるってことなのだろう。
玉彦や澄彦さんのことを思えば、私は死んだ方が良いのだろうか。
五村の意志が頭を下げるほど重大な何かがあるのなら、私一人、子ども二人の犠牲で済むのなら。
もっと詳しく事情を聞かなくては、と揺らぎ始めた気持ちを持った私の両肩を突然現れた背後の気配がギュッと掴んだ。
「何処の何方か存じ上げませんけれどもあんまりの言い様じゃありませんか! 確かにうちの娘は至らないことばかりですけども! 死んでくれとよそ様に言われるほど愚かに育てた覚えはありませんよ!」




