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五村の意志。
私が玉彦に出会ってからこれまで幾度となく登場した姿なきもの。
正武家が永久に五村に在るように、そうなるようにそうあるように彼らに都合の良い目に見えない流れを作る。
宝くじが当たるなどの私利私欲の願いは叶えられないのは澄彦さんが若い時に実験済。
その意志が影響する範囲は五村内が一番強いが村外でもある程度はあるらしく、私が通山市で出会った占い師の老婆は存在を感じていた。
一体なぜ五村の意志が正武家という一族に執着して便宜を図ってくれるのか、私は理由を知らない。
玉彦は子どもに正武家の教育を施すときに私も聞いていれば良いと言っていたが、一足お先に知ることになりそうだった。
『上守比和子』
私の名を呼ぶ声はお年寄り特有の震えをもったもので、少し甲高い。
四方八方から聞こえるが正面の女性が発していると思って間違いないだろう。
「上守は旧姓です。今は正武家比和子です」
正武家であっても上守であっても私は私に違いないが、訂正をしておく。
小さいことだが大事なことだ。
『そなたは自分が正武家の人間であると?』
「次代の玉彦と結婚したので正武家の人間だと思っています」
『違うであろう? そなたには彼らの血は流れておらぬ』
「妊娠するまではそうでしたけど。今は玉彦の子どもを宿しているので子どもに流れる血が私の身体に循環して少なからず正武家の血は流れています」
だから隠れ社で東さんを見つけることが出来た。
玉彦の血を受け継ぐ子どもたちの身体がお腹の中で作られている時だけ私にも隠れ社が見えたのだ。
子どもたちが産まれてしまえば徐々に体内の血は私の細胞に戻って行くのだろう。
屁理屈とも取れる言い分だが、隠れ社が見えた以上物理的に流れていることは否定できない事実だ。
数分かけて熟考した意志は先ほどの質問は無かったことにしたようで、もぞりと動いて姿勢を正す。
人間臭い仕草に五村の意志って一体何なのと私の中で疑問が巡る。
『そなたは正武家に相応しくない』
「そう言われてももう結婚して子どもたちも出来たし、相応しくなくたって私が玉彦の妻であることは変えられないわよ」
『死ね』
「どっからその結論が出てくんのよ」
『そなたは相応しくない。彼らと並ぶことは許されぬ』
「じゃあ逆に聞きますけど、彼らに相応しいってどんな女性なのよ。あんた、月子さんにも嫌がらせしたでしょ。その前の人たちにも。五村から選抜された花嫁でも駄目、澄彦さんが選んだ月子さんも駄目、惚稀人の私でも駄目ってどんだけ厳しい条件なわけ?」
『……死ね。去ね』
「それは無理。これから子育てもあるし、玉彦を置いては行けない。それに」
私にはもう……帰る家がない。
実家はまだ残っている、お祖父ちゃんの家は鈴白村にある。
けれどそこに私の家族はいない。
弱味を見せたくない私はぐっと言葉を飲み込み、口を閉じることを選択した。
黙り込んだ私から顔を背けた様子の意志は右端にいた少女に何かを促す。
すると少女は立ち上がって、私を指差した。
『比和子は嘘吐き。玉さまに飽きられて捨てられたくせに』
聞き覚えのある声に私は目を見張った。
そうか、この子は。
首なしの少女は、私が初めて那奈と出会った駄菓子屋の前で見た服装だった。
オシャレを頑張ってるな、と思ったのだ。
口火を切った那奈に追従するようにお役目着以外の女性たちが騒めきだす。




