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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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5


 不意に口を衝いて出た。


 もっとお母さんと話をしておけば良かった。

 ヒカルを産んだ時の話は勿論だけど、私が産まれた時の話とか、妊娠中の話とか。


 高二から鈴白村に住むようになり、年に何回か通山の実家に帰ってはいたけれど、お母さんと二人きりで話をすることってほとんどなかったように思う。

 ヒカルがいたり、お父さんがいたり。

 私の記憶の中でお母さんと最後に二人きりで話したのは、祝言の時に羽織る打ち掛けを選んでいた時。


 もっともっとお母さんと話をして、お母さんになるっていうことがどういうことなのかどんな気持ちだったのか聞いておけば良かった。

 ついでに子育てで苦労したことも嬉しかったことも。

 もしお母さんが生きていれば。お父さんも、ヒカルも。

 私が出産したら乳母なんて必要なくって、きっとお母さんが手伝ってくれたはず。

 文句を言いながら、励ましながら、笑いながら。


「……お母さん。どうしたらいいんだろ……」


 お腹を抱えて俯いて、泣き過ぎて鼻水で呼吸困難になりそうになって、私は手探りでティッシュの箱を手繰り寄せようとして身体が強張った。


 スッと伸ばした手の先に何もない。ティッシュの箱も無ければ、あるはずの畳も無い。


 限られた空間。


 落ちた涙。


 怒りは無かったけれど、大きく揺れた負の感情。


 無意識に神守の眼が発動したようだと結論に至るまでそう時間は掛からなかった。

 ただ不思議なのは空間を神守の眼の中の世界に置き換えるはずが、私が座っている空間はいつもの部屋ではないってこと。

 かと言って神守の世界のように真っ白い世界でもない。

 夕焼けが部屋に差し込み、夕闇にのまれる寸前の様な焦燥感を煽る不気味な色の世界。

 あと数分もすれば真っ暗闇になるのだろうとなぜか思える。

 座っている体勢だが床は無く、固定されたまま浮遊しているようで、何とも奇妙な感覚だ。


 帰ろう、現実に。


 ここに居てもどうにもならない。


 眼の影響が子どもたちに無いとも限らない。


 柏手を打てば元に戻る。


 そう思って両腕を広げ、私は再びの違和感に柏手を打たずに両手を目に当てた。

 ……熱を、持っていない?

 空間ごと置き換えられているなら私の実体がここに在るはずなのに、目には異変がなかった。

 まさかと思い、柏手を打ってみても世界は無くならない。

 禍を寄せ付けない正武家屋敷で奇妙な空間に紛れ込んでしまうのは、これで二度目だ。

 前回は道彦に出会ったけれど、今回は様子が違う。


 ひしひしと感じる危険。


 早くここから出なくては。


 しかし焦っても私に出来ることは柏手を打つことくらいだ。

 それと、懐にしまっていた青紐の鈴を取り出す。

 ふっふっふ。こういうこともあろうかと青紐の鈴はいつも身に付けてる。

 本当は体調が宜しくない時に鈴を鳴らせるようにと呼び鈴代わりに身に付けていたのだが、思わぬところで役に立った。

 二度三度鈴を鳴らして懐に仕舞い、私は立ち上がらずにその場に留まることを選んだ。

 無暗に歩き回って当初の位置から離れてしまうと、部屋ではない別のところで解放されてしまう恐れがあったからだ。

 お屋敷の中なら問題はないが、万が一外に移動してしまっていると雪の中で救助を待つことになってしまう。


 玉彦に異変は伝わっただろうか。

 鈴の返事はないが、私に出来ることは動かず待つことだけだ。

 身軽だったら歩き回りたいところだけれど、臨月を迎えた身体では無理は出来ない。


 じわじわと夕闇に浸食される空間をぼんやり眺めていると、不意に目の端に動くものを捉えた。

 見間違いかと顔を右に向ければ、それは動きを止めてストンと腰を下ろした。


「いやいやいやいや……。なんだっていうのよ」


 数メートル離れて腰を下ろしたのは少女で、首から上が無かった。

 少女と私が判断できたのはスカートを履いていたから。

 しかもどこかで見た記憶がある。

 青いタータンチェックのミニスカート、白いTシャツ。グレーの薄いパーカー。

 どこで見たんだっけ? このくらいの年の女の子ということは希来里ちゃん関係の子だろうか。

 希来里ちゃんがこんな格好をしているのは記憶に無いし、お祖父ちゃんの家に遊びに行った時に来ていたお友達の格好だろうか。


 正座をしてこちらを向いている少女を凝視していると、今度は左端に誰かが現れる。

 直ぐ様そちらを向けば、鈴白の中学校のセーラー服の女の子だった。

 そしてやっぱりこの子も首が無い。


「はぁっ?」


 と、疑問の声を上げると隣にもう一人同じセーラー服の子が現れて座る。

 そして後方にも三人。同じく首なし。

 これで合計五人、右の子も合わせると六人。


 一斉に飛び掛かって来られたら困ると私は徐々に眼に力を籠めた。

 幸いなことにこの不可思議な世界でも眼は有効だったようで、徐々に熱を持ち始めた。



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