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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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4


「しかし多門が手伝うとなればやはり粉ミルクが必要となりますね。そういったお話は玉彦様と?」


 南天さんの問いに私は肩を竦めるしかない。


「一応乳母の件は保留にしているので、粉ミルクになるかと思います。本当は母乳でいきたいんですけど」


 うーん、と六人で同時に考え込めば、須藤くんがあぁと声を漏らした。


「牛みたく搾乳して保存しておけば……あっ、上守さんが牛って訳じゃないからね!?」


 両手を胸の前で振った須藤くんに私は子犬に引き続き今度は牛かと半目になったけれど、そっか。その手がある。

 授乳以外の時間に搾乳しておけば、二人同時に授乳は可能だ。


「母乳って保存できるのですか?」


 おずおずと手を挙げる竜輝くんに須藤くんが調べておく、と答えた。

 まぁ牛のお乳も保存できるくらいだから人間も可能だとは思う。


「でも結局搾乳の時間は比和子ちゃんの時間を削る訳じゃん?」


「んなもん、上守が寝てる間に玉様にやってもらえばいいだろ。やるだろ、喜んで」


「……まぁ、やるわね。私が寝れるかどうかはともかく」


 という訳で搾乳するのはここに不在の玉彦という豹馬くんの案が採用される。


「授乳の問題さえ解決出来ればあとはみなで協力し、お世話出来ます」


 子育て経験のある南天さんがそう言い切ってくれたので、私はほっと安堵する。

 あとは私のお乳の出が良ければ良いのだけれど。


 稀人たちとの話し合いはお昼前には終わり、昼餉の席で澄彦さんと玉彦に話し合いの結果を報告すれば、妥当なところに落ち着いたと二人とも反対意見は無いようだった。

 後で須藤くんが搾乳したお乳の保存について調べておくと言っていたが、驚くことにその答えは澄彦さんが知っていた。


「出来るよ。専用の器具もあるし、保存用の袋もある。冷凍でも冷蔵でも保存できちゃうよ?」


「そうなんですか!?」


「うんうん。温めるのは湯煎でね。レンジでチンしちゃだめだよ」


 まるで経験したかのような澄彦さんの口ぶりに私が不思議がっていると、澄彦さんはちょっとだけ玉彦に目を向けた。


「息子が赤ちゃんの頃、僕もミルクを飲ませてみたくてね。でもほら、僕はおっぱいが出ないから」


「そうですよね」


「粉ミルクは粉を沢山入れた方が甘くておいしいかなーと思って作ったら月子にぶち切れされちゃってさぁ。しかもきちんと作ったミルクは全然息子飲んでくれないし。だったら調整する必要のない母乳をどうにかできないものかと調べたらあったんだよね」


「へぇ。結構昔からあるものなんですかね?」


「どうだろうね。でも、あの時は本当にあって良かった。少しでも月子を休ませたくて、でも息子は全力で粉ミルクを拒否するものだからほとほと困ってしまったんだ」


「粉ミルクを全力で拒否……」


 玉彦の子どもたちもそうなる可能性が高いこともあり得る。

 でも嗜好ってそんな赤ちゃんのころからあるのだろうか。

 初食の儀で私に好き嫌いがあまりなかったことから、たぶん子どもたちの嗜好に偏りはないはずだ。

 ちなみに玉彦は月子さんのラーメン好きが遺伝している。

 粉ミルクを活用するかはまだ決まっていないけれど、私の乳の出が悪かったら対策を考えなくてはならない。

 出産が迫って来て、考えておくべきことを考えていなかった私はこの日を境に段々と憂鬱になってきたのだった。



 元来そんなに落ち込みやすくないと自負している私が深海の奥底まで沈んだ気分になったのは家族を亡くしたとき。

 今まで生きてきた中で一番の沈み方だったが、出産一か月前にその時に匹敵するくらいの気持ちの落ち込みが私を襲った。


 妊娠した子どもたちが双子であることから始まり、子どもたちの近い将来のこと、双子の授乳問題、出産時の陣痛などの痛みのこと、そしてそんな時に限って五村の意志が関わって来るであろうこと。

 私がいくら考えてもすぐに解決出来るものは何一つなく、その場その時にならなければどうしようもないことばかりだ。

 対策や対応を講じることによって大丈夫だと安心したいけれど、講じたところで果たして私がその通りに動けるのかと心配になる。

 考えても仕方ない。仕方ないけれど不安だけが日々重なり積み上がっていく。


 一月半ば。


 塞ぎ込みがちな私に玉彦は後ろ髪を引かれる思いでお役目の為に部屋を出た。

 私は座ったまま見送り、お腹に両手を当てて溜息を吐く。


「身体ってこんなに伸びるんだ……」


 これまで一度だって自分の身体の変化に嫌悪感を持ったことがないのに。

 早く大きくなって欲しいとすら思っていたのに。

 上手く言えない不安の正体は何なのだろう。

 悲しくもないのに込み上げてきた涙が手の甲に落ちて、流した涙の感覚に悲しみを覚える。


「……お母さん」




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