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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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3


 玉彦は今日から三日間、澄彦さんと今年の打ち合わせだけのお仕事だったので、話し合う時間はたっぷりあった。

 当主と次代が向かい合っている間、稀人もまた南天さんを中心にミーティングが開かれるが家人の予定がはっきりしないうちは特に話し合うことも無いそうで、今日は主に現在決定している二月の長期な空白期間についての話になるそうだ。

 私が出産を迎えるにあたり、稀人たちの役割の打ち合わせが必要だそうで、そう言えば月子さんも産屋の周囲は稀人が見張っていたと話していた。


 私は南天さんに稀人の打ち合わせが終わったら、そのまま全員母屋の方に移動してもらうようにお願いをする。

 絶対にお世話になるであろう稀人たちに子育てについて周知しておかなくてはならなかったことと、南天さんに出産後、男の人が出来るお手伝いについて拝聴したかったからだ。

 竜輝くんが産まれたとき、南天さんは紗恵さんを支えただろうし、私や玉彦が見落としていることを指摘してくれるのを期待している。


 そんな訳で、私は朝餉が終わって母屋に戻った玉彦の着替えを眺め、離れへと送り出したのち、稀人たちの来訪を部屋で待っていた。

 お屋敷の雑事を済ませ、打ち合わせをしてからだからお昼前くらいになると思っていたのに、南天さんは雑事を済ませた足でそのまま部屋にやって来た。

 出産中の稀人の動きについて当事者の私も聞いておいた方が良いだろうとの判断のようだ。

 いつも玉彦と過ごす私室に稀人が集まり、まずは出産時の打ち合わせをと南天さんが口を開くと、いの一番に挙手をしたのは冬休みで同席出来ていた竜輝くんだった。

 昨日お屋敷で大人たちからお年玉を貰ってほくほくしていた少年の顔とは違って今はきりっとしている。


「学校を休みます!」


「……」


「休みます!」


「比和子さんの陣痛が始まってから学校へ欠席の連絡を入れるように」


 反対するかと思いきや、南天さんは割とあっさり許可を出した。

 人手が足りないという訳ではなく、これも経験の一つとしたようだ。

 そうして始まった稀人たちの打ち合わせは私を交え始めた後半に、南天さん以外の男たちが私に同情の視線を向けた。




「一年半経つまで戦場です」


 簡潔に言った南天さんは竜輝くんに目をやって、あの小さな赤ちゃんがここまで育つには大層苦労したと感慨深く頷く。


「紗恵の場合は一人でしたのでまだ眠る時間もありましたが、比和子さんの場合……」


 双子なので、と口を重くさせた。

 新生児の授乳は三時間ほどおきに行い、上手く飲んでくれれば三十分ほどで終わると竹婆は言っていた。

 生後半年になれば離乳食も始まるので大分楽にはなるそうだが、それでも一年か二年は授乳期間が必要だ、とも。

 赤ちゃんが一人であれば睡眠時間も何とか確保できそうだが、二人いると同じ時間にお腹を空かすとは限らないばかりか、一人終わって二人目となればどんなにスムーズにいっても二時間おきに私は授乳をしなくてはならない。

 その細切れの二時間で睡眠、お風呂、三度の食事を組み込めばまさに南天さんが言うように戦場の生活だ。

 そうしてやはり一人での授乳には無理があるので、乳母を雇うか粉ミルクを活用するべきだと結論が出された。

 そうすれば稀人の手も借りられる。


「でも赤ちゃんってほにゃってしてて、抱っこするの怖いよねぇ……」


 戦々恐々した須藤くんに豹馬くんが同意を示した。

 豹馬くんは竜輝くんが産まれた時、小学生だったのでよく覚えているそうだ。


「大丈夫だよ。へーきへーき。首さえ気を付ければいいじゃん。犬と一緒だよ」


「ちょっと多門。犬と一緒にしないでちょうだい」


「えー。オレ、たぶんそういうの慣れてるよ。だって犬も生まれてしばらくは一日何回も乳を飲ませるしさー」


 隣に侍らせていた黒駒の頭を撫でた多門にとって私の子どもたちも子犬も同様の扱いの様だ。

 清藤では狗を作る際に主従の関係を強めるため子犬は早々に母犬から離されて人の手で育てられていた。

 黒駒が多門に付き従っているのもそういった愛情が深いゆえのことだ。



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