2
正武家での私の仕事は子育てと夫のお世話と言われていた私は、ようやく明確な自分の役割を与えられてここに存在する意義を実感していた。
けれど双子ということもあり、私一人の手では余るものと周囲に判断されていたことに肩を落とす。
子育てに専念できる状況なのだから子どもが二人いたって平気と思っていたのは私と玉彦だけだったようだ。
澄彦さんの言葉に隣の玉彦を見れば、既に食事を終えてぺらぺらと乳母候補の書類を吟味していた。
玉彦は五歳まで月子さんに育てられ、それ以降は竹婆が母親代わりを務めた。
だから乳母の存在は受け入れやすいのかもしれない。
そして澄彦さんは生後半年で母親を亡くしているので、乳母は当たり前のように考えているようだった。
「ちなみにお聞きしますけど。澄彦さんの乳母はどんな方だったんですか? やっぱり健康的な赤ちゃんを産んですぐの人だったんですよね?」
乳母候補の書類を見れば既に出産後の人が多く、乳の出が良い人が選ばれているみたいだ。
自分の赤ちゃんが乳離れするタイミングで引き受けてくれる手筈なのだろう。
なんとなしにした私の質問に澄彦さんは目を見開き、玉彦は眉間に皺を寄せた。
「え、比和子ちゃん、今さら聞くの?」
「比和子。もしや聞いておらぬのか?」
「何を? 私の知ってる人? えっ、まさか竹婆!? お乳出たの!? あ、もしかして梅さん!?」
私の反応を見て大袈裟に溜息を吐いた玉彦は面倒臭そうに片手を振った。
「父上の乳兄弟は光一朗である」
「そうそう。三郎さんの奥さんの麦さん。僕ってほら、乳を求めて母が入院する病院へ運ばれたんだけれど、母が体調不良で乳を飲ますことが中々難しくてね。隣にいた光一朗のお母さんがついでにくれたの、お乳」
澄彦さんの思い出話によると、一歳過ぎまで私のお父さんと一緒にお乳を吸っていたそうだ。
しかもお祖母ちゃんの都合を考えて、粉ミルクを交えつつ一日一回はお祖父ちゃんの家を訪れていたそうな。
だからお父さんは澄彦さんに遠慮がないし、お祖父ちゃんも乳離れしても澄彦さんが度々しばしば毎度遊びに来ていたので正武家の人間と解ってはいても悪たれ小僧が二人と一括りにしてある意味分け隔てなく拳骨を落としていたようだ。
「お祖母ちゃんが乳母……」
現役で畑仕事をこなし、家のことも夏子さんと一緒に済ませ、ご近所の井戸端会議に余念がないお祖母ちゃんの若い頃のバイタリティーは凄そうだ。
でもだったら、私だって二人の赤ちゃんを自分の手で育てられるのではと希望が見える。
そんな私の考えを見通した澄彦さんは苦笑いを浮かべて、手にしていた書類を脇に置いた。
「子育てってね、何が起こるか本当に解らないものなんだ。二人が心配している母乳のこともそう。いざってなっても母体のストレスなどで思った量が出てくれないこともある。僕の母がそうだった。ましてや比和子ちゃんは二人分だ。乳母という手は悪くない。そして粉ミルクを活用するのだって悪くはない。一番大事なのは子どもたちがひもじい思いをしないことだよ」
澄彦さんの言葉に私は自分の視野が狭くなっていたのを突き付けられた気がした。
全部自分一人でって思っていたけれど玉彦はもちろん一緒に子育てしてくれるだろうし、竹婆や香本さんの手を借りることだって可能だ。
粉ミルクだったら手が空いている稀人の誰かにお願いすることだってできる。
お屋敷のみんなが忙しかったら夏子さんやお祖母ちゃんにだって助けを求めても良いんだ。
これまで玉彦と二人きりでこれからのことを話していたけれど、考えを改めなくちゃだ。
お屋敷に住まう人間が増えるってことは家族が増えるってこと。
だからお屋敷のみんなで子育てに取り組まなくては、なのだ。
「比和子。乳母の件については保留で良いだろう。母乳をどうするかの問題さえ解決出来れば必要はないと俺は思う」
「うん。そうだね。もう少し私たちで考えを煮詰めて、みんなに相談しよ」
産めば勝手に育つ、とまでは楽観的な考えではなかったけれど、もっと私は理想だけじゃなく現実に目を向けなければ。




