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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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6


「姉妹喧嘩、ですか?」


「そうそう。妹としょうもないことで喧嘩したときみたいな感じ。死ねとか言われてわかりましたって言うと思う? 相応しくないとかあんたなんぼのもんよって思うじゃない? 声しか聞かせない相手に言い『負けて』いられないわよ。しかもたぶん自分の妄想の声だし。自分に凹まされてたまるか、って思ったわ」


 あははっと笑って月子さんは湯呑みを手にしてお茶を啜った。


 月子さんの話を聞く限り、お竜さんが言っていた正武家の母の心得とやらが該当する箇所は、陣痛が始まってから聞こえる姿なき声に敗けないこと、だと私は推測した。

 何も伝え聞かされていなかった月子さんは持ち前の負けん気と、不可思議なものの存在はあると知っているが見たことがなかったので半信半疑だったことが幸いしたのだ。


 きっと現代よりももっとずっと夜の闇が身近だった時代は不可思議なものもまた身近で、澄彦さんの母や水彦の妻、母は声に怯えたに違いない。

 正武家家人の伴侶となる人間は五村のそれなりの家から輩出され、蝶よ花よと育てられたお嬢様だ。

 子どもの頃から大事に、姉妹喧嘩なんてすることすらなく争うこともなく、優しい気質だったはずで。

 数代ぶりに思わぬ反撃にあった五村の意志の声は驚いたことだろうな、と思う。


 それにしても、だ。

 五村の意志はどうして母となる女性に悪意ある言葉を吐くのか疑問である。

 月子さんの話からはそこのところの理由だけが分からなかった。















 息子のお嫁さん。澄彦様の御親友の忘れ形見。


 彼女に出産前のあれこれの話をしてくれと彼に頼まれたけれど、あんな突拍子もない話で良かったのかなと南天様に送られ、帰宅した実家で思う。


 姪の流子が若草色の振袖で疲れ果てて初詣から帰宅した姿を見て、私はそう言えばと思い出したことがあった。


 あの時。

 あまりの痛みに意識が飛んだ瞬間のことだ。


 時間にすれば数秒。

 ぱしんと竹様に頬を叩かれるまでの間。

 真っ暗な闇に見えた物があった。


 それは白であったり、黒、藍色、緋色の振袖の揺らめく袖だ。

 ゆらりゆらりと私の頬を掠めて、資格がないくせに、と私を責めた。

 今にして思えばあの袖たちは、初日の花嫁修業で集められた花嫁候補たちが着ていた振袖の袖だったように思える。


 流子が着ていた若草色の振袖はあの時私が着ていた物を背の高い流子用に仕立て直したものだ。

 私が着ていた緑林の花嫁を示す若草色の振袖の袖が闇の中に無かったのは、私が彼に選ばれたから。

 だからかもしれない、ああいう幻影が見えたのは。


 本来なら妹が正式な花嫁候補だったのに、候補外の私が結局は選ばれてしまったことに後ろめたさが無かったと言えば嘘になる。

 私はそういう負い目があるけれど、息子のお嫁さんは大丈夫だろう。

 きっとそんな幻影は見ないはず。

 なんてったって惚稀人様だもの。


 息子が五歳の時に見初め、ストーカー並みに想い続けて息子なりに頑張って結婚してもらった相手だ。

 誰かから恨みを買っている、なんてことはないでしょう。きっと。


 ちゃららん、と近くで鳴ったスマホを見ればそこには澄彦様からのメッセージ。

 泊まっていけば良かったのに、とか相変わらず無茶なことを言う人だ。

 私は長く、特にお屋敷で夜を過ごすことは出来ないというのに。

 声は聞こえずとも、彼らが私を歓迎してくれようとも、あそこは私を排除しようとする。


 お屋敷で夢を見ることは私には恐怖だった。

 玉彦の五歳の誕生日を迎える日の夜に見た夢を私は一生忘れることは無いだろう。

 誰にも話せない、話せば崇り殺すと凄まれたあの夢の続きを見なければならないとするならば。


 それは最愛の彼がこの世を去った時と決めている。



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