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両腕で抱えられる大きさの木箱には一メートル級のフランス人形と頭部が破壊されたので四十センチくらいの日本人形が折り重なるようにして収められている。
竜輝くんが人形たちを持ち帰るとは言っていたけれど、私はてっきり後日神社かお寺に持ち込んでお焚き上げをしてもらうためだと思っていた。
けれど晩酌の席に木箱が運び込まれているということは、だ。
この件はまだ『終わっていない』ということなんじゃないだろうか。
二体の人形には既に何も憑りついてはいないので動くことも無ければ、誰かに禍を振りまくことも無い。
いや、でも澄彦さんのことだからただただ見たかっただけかもしれない。
「この木箱がどうかしたのか。中は……」
玉彦は座敷の主が居ないのを良いことに勝手に木箱の蓋を持ち上げ、すぐに下げた。
そして無言で立ち上がって私の手を引いたけれど、そこに澄彦さんが現れて座敷に入ると襖をぴしゃりと閉めてしまった。
行く手を遮られた玉彦は本当に苦虫を噛み潰したような顔になり、すまし顔の澄彦さんを睨み付けた。
「謀ったな」
「父に向かって謀ったとは聞き捨てならんな。まぁ座れ。もう中身は見たか?」
「見た」
「じゃあ話は早い。明日、藍染の絡繰屋敷へ行け。そして歪を正して来い」
「……承知」
「次代だけでは視えないだろうから神守と多門を連れて行くようにな。それと高彬も行くように」
急に話を振られた高彬さんは訳も分からずとりあえず咄嗟に頷く仕草を見せた。
私も一緒にって本当に良いのかな。
お役目には関わるなって玉彦が私に言っていたのを澄彦さんだって耳にしていたはずなのに。
「しかし多門や高彬はともかくも、比和子は」
「危険はない。が、神守も高彬も知っておくべきだと私は感じた。多門は、あれはまだ絡繰屋敷へ行ったことがないだろうから経験の為だ。多門は十分に見知っていることだろうから釈迦に説法だろうがな」
私の手を握る玉彦の手に力が籠ったので、私は握り返した。
神守として私に必要なことがあり澄彦さんはそれを知る機会は今だと考えていて、そして玉彦も私に必要なことだと分かってはいるけれど、出来れば反対したいのだろう。
「玉彦が一緒にいるなら私は大丈夫だよ」
私がそう言えば、玉彦は心配気に眉を顰めた。
澄彦さんと玉彦の間で交わされる会話に全く付いて行けない私と高彬さんの視線を受けた澄彦さんは、多門が晩酌のあれこれを座敷に運んで来たら話してあげようと言うので、とりあえず勧められるがまま縁側の座布団に腰を下ろした。
手を繋いだままにしている玉彦はずっと気難し気な表情をして考え込んでおり、絡繰屋敷とはそんなに厄介な場所なのかと私も眉間に皺が出来る。
「澄彦さん……。私は後日にした方が良いのではないでしょうか」
玉彦がこんなに渋るのにはそれなりに理由があるはずで、澄彦さんが危険はないと判断していても本当は危険なのかもしれないし。
弱気な私の発言を聞いた澄彦さんは片眉を上げて目を細めた。
「鉄は熱いうちに打てと言うだろう? 今日、君たちが経験したことが過去のものとなる前に知っておいた方が良いんだ。だからどれだけ次代が憂慮しようが僕の意見は変わらないよ」
「じゃああの、今日一緒だった竜輝くんは」
「竜輝は既に知っている。君と高彬がね、僕としては心配なんだよね。なぁに本当に危険ではないから平気平気!」
澄彦さんがいう平気をどれだけ信用しても良いものか考えあぐねていると、すっかり腕の痛みが無くなった多門がお膳たちを座敷に手際よく運び入れて、役者は揃った。
定位置の縁側に座る澄彦さんの正面に高彬さんが座し、玉彦と私と多門は縁側の床ではなく、座敷の畳に座る。
晩酌というにはかなり緊張感が張り巡らされていて、正座から足を崩す様に澄彦さんに促された高彬さんの動きが硬い。
そりゃあそうなっちゃうわよね。
自分の仕事の大元締めである正武家の当主が目の前にいるんだもん。
社員が社長とお酒を呑むようなものだろう。
こういう時に社長は無礼講と言って真に受けた社員がとんでもないことをしてしまうのがお決まりである。
高彬さんはその辺の社交辞令は弁えているから心配はなさそうだけど。
澄彦さんと高彬さんの乾杯から始まった晩酌は、始めのうちこそ世間話ばかりで雅さんの様子など高彬さんが質問に答える形で進んでいた。
私は特に会話に参加せず、多門が用意してくれていた白湯を玉彦と飲む。
身体に良いとはいえさすがにこの席ではお茶の味がする飲み物が良かったのに、と多門に囁くと日中動いて汗をかいただろうから水分補給には白湯が一番とにべもなかった。
「それで明日向かう絡繰屋敷というのはどのようなところなのですか?」
高彬さんの夜のお仕事のお休みは日曜と月曜という話の流れから、明日の月曜は絡繰屋敷も休日だと澄彦さんが言ったのでようやく本題へと入る。
それにしてもお屋敷が休日とはおかしな話である。
私が住んでいる正武家のお屋敷はお役目がお休みのことはあれど、お屋敷がお休みという言い方はしない。
はて? と首を傾げれば玉彦が気付いて、澄彦さんに投げかけられた高彬さんの疑問を代わりに答えた。
「絡繰屋敷とは藍染村の郷土資料館のようなものだ」




