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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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3



 出産予定日の一週間前。


 竹様と稀人様の奥様のあずまさんと私の三人でお屋敷の庭に建てられた産屋を訪れた。

 六畳ほどの広さの部屋には備え付けの低い棚が幾つもあり、そこにタオルや桶などを収納する。

 天井からは太いロープが長く垂らされていて、私が母から聞いていた分娩室とは全く違う。


 病院では分娩台に横になって出産するが、産屋では座って出産……。


 竹様のお話によれば竹様の他に松さん梅さんも身体を支えてくれるお手伝いをしてくれるので安心だと仰ったけれど、言葉が出ない私に出産経験のある東さんが自分も同席しますと言ってくれたのでちょっと不安が無くなる。

 助産師の資格を持っているという竹様にいつの時代の資格なのよーと心の中で叫んだのは秘密だ。


 母から聞いていた経験談は参考にならなかったが、なんてことはない。

 実家の犬や猫は自力で沢山子どもを産むし、人間の私だって病院じゃなくても産めるはず。

 昔の人はそうやって産んでたんだから私もやって出来ないことは無いはず! と気持ちを奮い立たせた。



 六月。


 目覚めるとお腹に今まで感じたことのない妙な張りを感じ、隣の澄彦様を起こせば彼は寝間着のまま本殿の離れの竹様を連れて来るために部屋から飛び出した。

 痛みはまだ無く、お腹を摩っても張りは落ち着いてくれない。

 とうとうこの日が来た。

 天井を見上げてぼんやりとして居たら、澄彦様は竹様を背中に負ぶって戻って来た。


「生まれた!?」


 陣痛も始まっていないし、産屋にもいないし、ましてや生まれた? ってこの部屋のどこに赤ちゃんがいるのよ……。


「まだですよ。まだまだ」


 私が呆れて答えると澄彦様の背中から降りた竹様がお布団の横に腰を下ろした。

 そして澄彦様に一旦廊下で待つように言うと、私のお腹を温かい手で確認をする。

 優しく触診されて張りが少し和らいだ気がする。

 私の緊張がお腹の子に伝わっていたのかもしれない。

 お腹の状態を確認した竹様は一つ頷き、しっかりと私の目を見てこれから恐らく陣痛が始まることを告げた。


 朝餉の席で昼前から私が産屋へ籠ることを澄彦様から伝えられた道彦様は珍しく破顔された。

 待ちに待った孫の誕生に今日のお役目から生まれてからの七日間はお役目をせずに正武家は祝いの宴に入る、と無茶なことを言い出して、廊下に控えていた九条様からせめて今日はお役目を、と叱られる。


「初産って時間が掛かるそうなので、今日はまだ大丈夫です。たぶん」


 と、言った私に九条様が御立派でございます、と襖越しにお声だけ。

 すると九条様から見えないことをいいことに道彦様と澄彦様は目配せをして阿吽の呼吸で良からぬ計画を瞬時に立てたようだけど、私には彼らが何を企んだのかは分らなかった。

 余計なことをして九条様を怒らせなければ良いのだけれど。


 それから。


 部屋に戻った私は簡単に身支度を済ませて、竹様の訪れを待っていた。

 澄彦様もお役目の時間なのに私を産屋に送り出すまで一緒に居ると言ってお声掛けに来た宗祐様を下がらせていた。

 私が産屋に入ってしまうと出産を終えるまで彼とは会えない。

 産屋は基本的に男子禁制で、穢れがあるとされているから彼は入れないのだ。


 会えない時間が一日なのか数日になるのか分からないけれど、私たちは束の間の別れの前に時間を惜しんだ。

 私が産屋に籠っている間、道彦様が仰ったようにお役目という予定を無くしたら彼は一体何をしているんだろうと考え、そう言えばと私は大事なことを思い出した。

 その事を何度彼に言ってものらりくらりと躱されていたけれど、もう子どもが生まれるので絶対に必要になる。


「澄彦様?」


 縁側で並んで座っていた彼の膝に手を置くと、握り返して小首を傾げた。




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