第十六章『冴島月子』
※途中何度か視点が変わります。
一月四日。
正武家屋敷のお正月が明けて、朝六時に内側から澄彦さんが裏門を開放すると、そこには稀人を始めとするお屋敷に勤める十一人が勢揃いしていた。
仕事始めとなる日だが、これと言って特に彼らと行わなくてはならない儀式はない。
澄彦さんが「良しなに」と南天さんに声を掛け、南天さんが「謹んで」と答えればいつもの日常が再開される。
九時から五村の各神社を巡る当主と次代、そして稀人と巫女。
去年は私も一緒だったが月子さんと面会する予定があったので今年は事務所方の四人とお留守番だ。
月子さんは八時半に南天さんに送迎されてお屋敷入りをし、新年の挨拶を夫と息子に済ませていた。
出掛ける彼らを見送ったのち、月子さんと私は玉彦の母屋へと引っ込んだ。
お竜さんは誰にも聞かれちゃいけない話って感じだったので、松梅コンビと那奈、高田くんには母屋へは呼ばれない限り来ないように、と念を押した。
月子さんを案内した部屋は玉彦と私の私室で、膨れ上がった私のお腹を見た月子さんは座らずに横になって話をしましょうとお布団まで敷いてくれた。
人心地ついてから世間話が始まり、どうやってお竜さんの話を切り出そうかと考える。
正武家の母の心得って何ですか? と単刀直入に聞いた方がいいだろうか。
それともお竜さんの存在から説明を始めた方がいいかと考えあぐねていると、月子さんは正座を崩し横座りになった。
「澄彦さんから出産前のあれこれを比和子ちゃんに話してやってくれって言われたけれど、私なんて大した話は出来ないわよー。良く食べ良く寝て良く動く。竹様が仰ることが全てだったんだもの」
「ですよねー」
「正武家様独自の何かがあったわけじゃないしね。精々産屋で出産っていうことくらいしか。うーん。お化けに会ったとかそう云うのもなかったのよねー。ほんと私から言えることって、なるようにしかならないってことよ?」
困ったわねぇ、と眉を顰める月子さんに玉彦の面影が重なる。
澄彦さんはタレ目気味だけど、月子さんは凛々しくキリッとしている。
ひとまず昔話から始めましょうか、と月子さんは玉彦の文机に目を細めた。
双子だから対になるような名前。
太陽と月。陽子と月子。
だったら普通、長女の私が陽子で、次女の陽子が月子と名付けられるんじゃないの? と幼い頃から思っていた。
逆にしたのには何か重大な理由があるのかと思いきや、出産して入院していた母を心配するあまり、出生届を出した父が間違えたことが原因だった。しっかりしてよ、お父さん。
お陰で初対面の人に妹と揃って挨拶をすると、十中八九姉妹の順番は間違えられる。
生まれた時間は数分しか違わないからどっちが姉で妹だろうが大差はないと思われてしまいがちだけど、大差はある。
たった数分の違いで私は両親、特に母からは「お姉ちゃんなんだから」と我慢を強いられひねくれ気味だ。
でも、良い。確かに私はお姉ちゃんだ。それに同じ顔をしてるけど妹は可愛い。我慢をする代わりにお姉ちゃんの特権もたまにある。何かを選ぶ時、絶対私が先に選ぶことが出来たりするし。
一歳違いの姉妹だったらどこかに両親からの対応の差が生じるが双子は平等に同じく、という無意識が働くらしく、与えられるものは同じもので色違いであることがほとんどだった。
そんな私たち姉妹に大きく差が出始めたのは中学生頃からだ。
私は利発に育つよう、妹の陽子は御淑やかで良妻賢母に育つよう、両親のそんなに大層なものじゃない教育方針が決まった。
なぜなら私と同じ顔をしている見目麗しい妹は、緑林村の代表として正武家様の花嫁候補に名が上がったから。
長女は婿を貰って跡継ぎに、次女は嫁に出す、というのが両親の間で決まっていたらしい。




