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「じゃあ澄彦さんも玉彦も初夢ってあんまり意味がないですね。一富士二鷹三茄子って」
「あ、うん。そうだね。そうそう、一富士二鷹三茄子、四扇、五煙草、六座頭って続くって知ってた?」
「そんなにあるんですか!? あー……もしかして五村特有のご当地ものじゃあないですか?」
疑わしい視線を澄彦さんから玉彦へ向けると、玉彦は片眉だけ上げて答えた。
こういった蘊蓄に詳しい玉彦はここぞとばかりにドヤ顔を作る。
「一説によると十まである。しかし浸透しているのは三まで。なぜなら一二三と四五六は同様の意味合いだからだ」
「意味合い?」
「扇は末広がり、煙草の煙は上昇、座頭は毛が無い、怪我をしないという意味である」
富士山も鷹も茄子も同じ意味だから繰り返すことになるので省かれてしまったのだろう。
「新年早々、私、一つ賢くなったわ」
「良かったな」
「良かったね」
「それで澄彦さん。どうして初夢の話を?」
私がそう言うと、澄彦さんは箸を置いて玉彦と私の顔をじっくりと見た。
「ほら、スズカケノ池のお竜がさ、言ってたじゃないの。心得がどうのって。比和子ちゃんがいつ試されるのか考えた時にね、思ったんだよ。夢じゃないかってさ。だってそうだろう? 屋敷にいる比和子ちゃんに不可思議なモノが接触しようとしたら誰か彼か気付くし、そも屋敷には入り込めない。余程のものじゃないとね。僕たちにも気付かれずに比和子ちゃんがってなったらさ、夢というかそういう領域に居る時なんじゃないかなぁって。だったら視えない月子でも接触できるだろう?」
澄彦さんの推察に玉彦も箸を置く。
「しかし初夢とは限らぬであろう。正月と身籠っている期間が被らない者もいたはずだ」
「そこ。そこな。歴代の正武家の母たちが懐妊してから出産する間の期間で、全員に平等に訪れるタイミングってやつがあるんだろう。お竜が比和子ちゃんの産み月を聞いていたから、出産間近に訪れると考えた方が妥当なんだろうな」
二人の会話を横で聞いていて、私も考えてみたけれど平等に訪れるタイミングと言われても何も思いつかなかった。
しいて言うなら……。
「もしかして、産気付いて産屋に入った時点で何かある、んでしょうか。でもそんな切羽詰まった時に何かあっても冷静に判断できないんじゃ……」
陣痛の最中にやって来られても息むのに必死なので、普通に対応できるとは思えない。
そこんとこは空気を読んで違うタイミングにしてちょうだい、と思う。
恐る恐る言った私に澄彦さんは、流石に産気付いてからは辛いだろうと顔を歪めた。
月子さんの出産時、澄彦さんは母屋で待っていたけれど、産屋での月子さんの苦しみようが耳に届いていたらしく玉彦に尋常な痛さではないらしいぞ、と語る。
私だってある程度は覚悟しているが、普段おちゃらけている澄彦さんが恐れ戦く様をみて、私もまた気が滅入る。
私のお母さんは難産で大変で、ヒカルの時には逆子だったこともあり帝王切開を選択した。
幸い私の場合は双子だけれど二人とも頭が下に来ているので、産屋で出産の予定だ。
産屋の外ではお医者さんも待機して竹婆と香本さんが介助に入ってくれる。
ちなみに昔は出産までの二十日間前から産屋で過ごすことが普通だったようだが、竹婆曰く時代も変わるということだった。
なので陣痛が始まったら男子禁制の産屋へと移動をする。
なんとなく黙り込んでしまった三人で顔を見合わせて、無言で頷く。
さすがにそのタイミングではないだろうと。
「ともかく母上の話を聞かねばわかるまい。あまり気負うな、比和子」
「うーん」
そんな会話を交わした夜に私は覚悟をして眠りに就いたのだが、初夢どころか夢すら見なかった。




