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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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6


 お昼を過ぎてまったり寛ぎモードの澄彦さんと私はテレビを観ながら、時折中庭で結局かまくらを作り始めた玉彦に目をやりミカンを剥いている。


「やっぱりミカンって小さい方が甘いよね」


「大きいのも悪くないけどたまにパサついたのとかありますもんねー」


「そーそー」


 なんて話をしていると、炬燵の上に置いていた澄彦さんのスマホが鳴る。

 ベートーベンの運命の着信音の相手は月子さんだったようで、澄彦さんはニコニコしながら耳に当てた。


「明けましておめでとうございます。今年も一年よろしくお願いします」


 微かに漏れる月子さんの声も同じことを言っていた。


「それでさ、月子。三が日過ぎたら屋敷に来て欲しいんだよ。ちょっと比和子ちゃんと女同士の話をして欲しいんだ。え? いやいやそんな堅苦しいものじゃないよ。うん? いやぁそんなこと言ったら僕だって舅らしいこと何にもしてないよ。そうじゃなくて出産前のあれこれっていうの? うん……うん。月子だけで良いよ。お義母さんはいい。じゃあそういうことで。四日の朝に南天が迎えに行くから。よろしくね」


 と、最初こそ澄彦さんは私のことをお願いしていたが、それから小一時間ずっと月子さんとのお話は続き、私は縁側の窓の前でかまくら作りに無駄に精を出す玉彦を眺めていた。

 お正月、家中の間の庭にかまくらを作ることを使命にしている玉彦だが、何が彼をそうさせているのか疑問である。

 納得の出来に仕上がったかまくらを汗を拭いながら満足気に頷いて玉彦が力作を指差し私を振り返ったので、うんうんと拍手を送る。


 来年はこんな悠長なことはしていられないだろうな、と何となく思う。

  弟のヒカルがまだ赤ちゃんだった頃、お母さん曰く私よりは手が掛からない子だとは言っていたがそれでも大変そうだった。

 来年はそんな赤ちゃんが二人、家中の間で過ごすのだ。

 絶対にてんてこ舞いになるはずだ。

 来年こそ玉彦はかまくら作りを諦めることになるだろうなー。

 それでも何となく、夜中にひっそりと作り始めそうな気がして私は後で澄彦さんと賭けようと思った。



 一月二日。


 南天さん作のおせちが昨日で無くなってしまい、今日は朝から澄彦さんが台所に立っていたが創作料理が過ぎるので玉彦に追い出され、私は炬燵でぬくぬくとしている。

 炬燵は人間を堕落させると以前玉彦が言っていたのは正解なようだ。

 澄彦さんと玉彦は二人揃って私にゆっくりしていると良いと言ってくれたので遠慮なく甘えている。

 明日までのんびりさせてもらおう。

 それ以降は竹婆に座敷豚になるつもりかと叱られるので、束の間の怠惰な生活だ。


 玉彦に台所を追い出された澄彦さんはというと、離れの玄関と家中の間を何往復もして段ボール箱を運んでいる。

 中身は年賀状だ。

 年賀状はそんなに朝早く配達されて来ない、のは普通のお家で、五村では正武家に年賀状を配達するのが郵便局の仕事始めだそうで、朝の六時には裏門前にビニールに包まれた段ボール箱が数箱積まれている。

 朝餉は王道の玉子焼きと焼き鮭と海苔で、朝からおかしなものを作るなと澄彦さんに憤慨していた玉彦だったが、お味噌汁で面倒臭くなったようで、お椀に注がれたのはインスタントの味噌ラーメンだった。

 塩分が高いので私のは麺だけにしたといらない親切心は玉彦の十八番である。


 テレビを付けっぱなしにして流れる穏やかな時間に、私たち三人は年賀状の振り分けをする。

 やはり一番多いのは当主の澄彦さん宛て。次に次代のみ、当主と次代連名、次代と私。その他。

 そして今年は驚くことに多門宛てに一枚だけ届いた。

 多門の住所、というか結婚していない須藤くんや那奈、香本さんや竹婆、多門の住民票の住所は正武家の住所なので驚くことではないが、須藤くんを始めとする地元メンバーは実家に届くようになっている。

 多門の実家は既に無く、正武家が実家なようなものなのは承知していたが、悲しいかな、多門は九州時代の友人知人は全て清算したと言っていたので彼宛ての何かが届くのはネット注文関連のものばかりだった。

 けれど今年初めて多門の友人から年賀状が届いたのだ。


 さすがに裏面を読むのは憚れるので宛名を見れば、住所は哭之島なきのしま、差出人は信久しんきゅうさん。



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