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宴会座敷を粗方片付け、私たち三人は家中の間へと帰り、澄彦さんと玉彦はそれぞれお風呂でさっぱりしたあと、詳しい話は明日起きてからにしようということになった。
澄彦さんは炬燵に潜り込んでテレビを付けて横になり、玉彦と私は隣の部屋でお布団に入る。
いつも寝る時は部屋は真っ暗だけれど、今日は隣からテレビの声と光が薄ら襖の隙間から漏れている。
仰向けで寝て、随分とうつ伏せで寝ていないことを思いながら、私はお布団の中で玉彦の手を握る。
「たまひこー」
「寝ろ」
「……おやすみなさい」
「……おやすみ」
明日、起きたら。
私たちはどんな話をするのだろう。
正武家の母となる女性にだけ伝えられていたことだから二人はお手上げ状態で、月子さんに連絡を取ることくらいしか出来ないと思う。
しかもどういう内容なのかお竜さんの様子を見る限り、他の人には話しちゃいけないって感じだった。
五村の意志。五村の意志ねぇ……。
私が鈴白村に来てから何度この言葉を聞いたことか。
正武家が永久に在る様に、一族の都合の良いように流れを創る意志。
こうだったら良いな、という一族の思いを汲み取る。
宝くじが当たれーだとかの邪な願いは聞き届けられないのは澄彦さんが立証したそうだ。
たぶんお父さんも加担したんだろう。
澄彦さんは玉彦と一緒で気になるととことん追求する。
だから黒駒のような式神を作ることが出来るようになった。
実験体の件は動くけど眠っている時間が圧倒的に長いので初期の実験だったのだろう。
「……あ、んんんん?」
あれ。なんだろ。何かが今、私の中で引っ掛かった。
思い出そうと身体を捩って、私はがばっと起き上がった。
「思い出した! 玉彦! ねぇ玉彦!」
隣の玉彦を揺すればすぐに目を開け、酷く大儀そうに身を起こした。
宴会でそれなりに呑んでいつもよりも身体が重いようだ。
「なんだ」
「件よ! 件! 一緒に聞いていたでしょ。件が喋ったの。あの時、言ってたよね。汝、五村の意志と対峙しほにゃららする。よって件の如しって!」
一番重要なところが聞こえなかった件の予言を思い出した玉彦は、私を凝視してからぼふっと布団に背中から倒れた。
「聞いていた。しかし内容が解らぬ以上、参考にはならぬ」
「でもさ、私が五村の意志と対峙するってことは確定してるわけよ。勝敗はともかく」
あぁ、澄彦さん。どうして初期の実験で件を使ったんですか。
せめてもう少しあとだったら件も声をくぐもらせずはっきりと話せたかもしれないのに。
両手で顔を覆って悶絶していると、隣から澄彦さんの笑い声が聞こえてきて、なんとなく私は玉彦の頭の下にあった枕を引き抜いた。
八つ当たりされた玉彦は恨めし気に私を見たけれど文句は言わず、もう寝てくださいお願いします、と言ったあと顔を顰めたまま瞼を下ろした。
翌朝。
二人よりも大分遅れて目覚めた私は、南天さん特製のおせち料理を朝からいただく。
やはり夜更かしは良くない、と新年からお小言をいう玉彦は無視だ。
そんな玉彦は朝の七時に起き、身支度を整え、一人で離れの書庫へと行っていた。
書庫には歴代当主の顛末記が保管されていて、一体いつから伴侶が短命なのか調べたそうだ。
ただ顛末記は当主それぞれの性格が反映されており、お役目だけ書き連ねたものや澄彦さんのように一言コメントを残すものがあり、伴侶の生死がわかる手がかりは少なかった。
一応家系図はあるけれど没年齢は記されていない。
正武家の母の言い伝えが途切れた原因は恐らく、不慮の早逝から始まったのだろう。
母が亡くなっても祖母が存命なら孫の嫁に伝えることが出来たはずだが、祖母も亡くなっていた可能性が高い。
なので月子さんのように自力で何とか出来た人は長生きをして、出来なかった人は水彦の妻の良子のように短命だった。
だから寿命にばらつきがあるのだろう。
水彦の母、妻、そして道彦の妻、とりあえずこの三代は言い伝えが出来なかったことは確実。
でも月子さんがそれを引っくり返した。
お竜さんはここからまた紡いでいけば良いと言っていたから月子さんの言葉を聞き漏らさないように私の責任は重大だった。
だって何が重要なのか全くわからないのだ。
ともかくあるタイミングで私は五村の意志と対峙するのだろう。件が予言していたし。
とりあえず対峙する日が月子さんとお話をする前でなければ良いと願うばかりだ。
三が日を終えてお屋敷に稀人と巫女が戻り、五村の神社を廻る新年の儀を済ませたあとになりそうだが、澄彦さんと玉彦は同席することが出来ないので、早ければ四日に私は月子さんに会えるだろう。
ということはあと二日。今日を含めてあと三日間で何事も無ければ良いなと思う。




