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「途切れてしまっていた……。でも次代の母は……。これは……」
俯いて自問自答するお竜さんは、再び澄彦さんの方へ顔を向けた。
「次代の母は今はどこに」
「五村の外に」
「あぁ……。そう、そうなの。五村へ踏み入ることはある?」
「たまに」
「でも、無事なのね?」
「はい」
澄彦さんの答えを聞いたお竜さんは今度は私に膝を向けた。
「いい? 三が日を終えたらすぐに次代の母に会いなさい。そして聞くの。正武家の母の心得を。もしかすると彼女は知らず知らず乗り越えたのかもしれない。だから何があったのか一言一句漏らさずに聞くの。そこに比和子が知りたがっていたことがある。代々正武家の母に伝えられることがどこかで途切れてしまったけれど、ここからまた紡いでいけば良いのだわ。当主。お願いね。次代の母と比和子を会わせる席を設けて。私はもう生きてはいないから比和子に伝えることはできないの」
お竜さんのお願いに澄彦さんはこれまでで一番真剣な顔をした。
ここ数代の正武家の母が月子さんを除いて短命だったことと五村の意志が関係しているのは話の流れから明らかだからだ。
「私や次代が同席することは」
「なりません。ならぬのです。これは母の、女子の戦いです。絶対に敗けられぬ戦いです」
「敗ければ」
「命を落とします」
あぁ。そういうことなのか。
正武家の母になる女性に伝えられているのは女子の戦いとやらの必勝法なのだろう。門外不出の。
敗けてしまえば正武家家人の生母であっても五村の意志に淘汰されるというなにかなのだろう。
なぜ五村の意志が生母を淘汰する必要があるのか疑問だけれど。
重々しい雰囲気となってしまった座敷にぽつりと鈴彦の声が耳に届いた。
「敗けられぬ戦いだそうだぞ。気張れよ、おぬし。しかし大事ないであろう。良く回る口を持っている」
「まぁ月子でも大丈夫だったなら、比和子ちゃんも敗けないと思う。二人とも口は達者だから」
「ポンコツだがな!」
「比和子……最終手段は頭突きぞ?」
心配してくれているのか貶されているのか微妙なみんなの声掛けに私の肩から力が抜けた。
とりあえず敗けられない戦いが近日中に迫っていると知れただけでも儲けものだ。
いきなりだったら狼狽えてしまうがこうして前振りがあれば備えもできる。
まずは三が日が過ぎ、正武家のお屋敷の表門が開かれてから月子さんに会わなくては。
澄彦さんが言うには月子さんは緑林村の実家に年末年始は滞在しているそうなのですぐにでも会えそうなのは幸いだった。
座敷で呑んでいた他の歴代当主たちも敗けるな頑張れと私にエールを送り、そうこうしているうちに一人また一人と姿を消していった。
最後に残ったのは去年と同じく鈴彦とお竜さん、そして水彦だった。
なんだかんだ言っても水彦は私のことが好きなようだ。
その証拠に呼べば駆け付けないことも無い、と私の肩とお腹を撫でて浮かんで消える。
鬼門石がある持ち場に戻ったのだろう。
水彦の言葉にお竜はまったく人の話を聞いていたのかしらと憤慨していたが、鈴彦に促されて一緒に縁側から御来光の空へと融けていく。
「子らが生まれたならば遊びに来ると良い」
珍しい鈴彦の微笑みに私は大きく手を振り応えた。




