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「いやさ、楽しそうでなによりだけど着物にバットってさ。その場で見たかったなぁ~」
「馬鹿を言うな。普通の身体ならばいざ知らず、比和子は今妊婦なのだぞ。笑っている場合ではない」
「そう、そうだな。比和子ちゃん、無茶は駄目だよ。竜輝と高彬が居たんだから二人に任せて……ふっ、はははっはっ。見ろ、次代。竜輝のこの顔! 豹馬そっくりじゃあないか! あっはははっはははっは!」
夕餉を美味しく頂き、澄彦さんは玉彦にスマホを見せてバットを構える私を見る竜輝くんの半目になった顔が叔父の豹馬くんに似てきたと笑いを堪えることすらしない。
そんな澄彦さんを放って、隣の玉彦は膝を私に向ける。
「比和子。先ほども言ったが今後出歩く際には俺が必ず共に行く。いいな?」
「うん」
「それと子育てが終わるまで役目に関わることには一切首を突っ込むな」
「ええっ。それはどうなのかなー……。私が気を付けてもそういうことはほら、神守に引き寄せられちゃうし……」
神守とは本来、神様のお守りをして持て成し、正武家に力を貸してくださいねってお願いする役割だけれど、それと同時に正武家の人間が余計なお力を揮う必要が無いように禍を引き付けて事前に対処する役割もある。
神格以外の禍を祓う能力は大昔は正武家と同等だったらしいが現在の私は視て、自分の世界の中なら何とか出来るけど現実世界でどうこう出来るほど優秀ではない。
そして困ったことに禍を引き付けるのは良いのだけれど、玉彦がいつも私の側にいてくれるものだから私よりも先に禍に気付いた彼が正武家のお力を揮わずにはいられないわけで、神守としての機能はほぼ無く、むしろ禍ホイホイと化しているのが現状である。
「屋敷から出なければ巻き込まれまい」
「でも今回はお屋敷の敷地内で始まった訳だし、あんまり意味ないと思う」
「母屋から一歩たりとも出歩かなければ良いのではないか」
「……それじゃあ息が詰まるでしょうよ。とりあえず外に出る時には玉彦が一緒に居るんだから何とかしてくれれば良いんじゃないの?」
「それだと役目に関わることになるであろう」
「ていうかそういうことになっても大丈夫なように一緒に出歩くんじゃないの?」
「……そうだが、できるだけそういう物事に巻き込まれないようにするにはやはり出歩かぬのが一番だと俺は思うのだが」
出歩かせたくない玉彦と外に出たい私の議論は堂々巡りで、その様子を見ていた澄彦さんはようやく笑いが収まり立ち上がる。
「さて。僕はこれから晩酌。今夜は高彬が伴をしてくれるが、次代はどうする?」
高彬さんはせっかくお店がお休みで休肝日なのに澄彦さんの晩酌に付き合わされるとは本当に運が無い。
「しばらく酒は見たくもない」
「そうか。じゃあ二人で楽しむか。比和子ちゃんは? 一緒に話だけでもどうだい?」
さすがの澄彦さんも私にお酒は勧めず同席だけを求めた。
妊娠していなくても基本的に澄彦さんの晩酌時には玉彦の許可がなければ私は呑めないのでいつものお誘いだ。
「そうですね。高彬さんともお話したいし。玉彦も一緒に行こう? お茶でも飲んでお話しない?」
この場合、私だけ参加すると言えば玉彦はヘソを曲げまくるので、誘うのが正しい。
そして玉彦は私が誘えば。
「比和子がゆくなら俺もゆく」
こくりと素直に頷いた玉彦は絶対にお酒は呑まないが、と澄彦さんに念を押す。
ほらね。絶対こういう流れになるわけよ。
玉彦が一人きりで部屋で私の帰りを待つってことは出来ないんだから。
そんでもってこういう流れの時にはね、玉彦がどんなに文句を言おうと神守の本質が禍を引き寄せてしまうのよ。
じわりと眦に熱を持つ眼に触れながら私は思った。
澄彦さんの夕餉後の晩酌は母屋の縁側で、というのが恒例で、既に稀人たちと食事を終えた高彬さんは私たちと離れの回廊前で合流した。
「お疲れ様です。高彬さん」
「おー、お疲れー」
南天さんの紺色の浴衣を借りた高彬さんは洗い髪の長い金髪を結うこともなく下ろしていて、やっぱり金髪はこのお屋敷では浮いて見えるな、と私は再認識する。
「飯の後の晩酌って珍しいよな」
「そうですね。私の父も晩酌は食事の前でしたねー」
「そういうものなのか? 父上はずっと夕餉の後に晩酌をしているが……。言われてみれば三郎爺様の家でも晩酌は先だったな」
そんな会話をしながら私たちは澄彦さんが待つ縁側へ向かい、部屋に一歩入って私と高彬さんはギョッとして足を止める。
玉彦は何も気にせずに用意されていた座布団へ座って小首を傾げた。
「どうした」
「どうしたって……。それ」
私が指した先には、今日の主役ともいえる猩猩屋敷から竜輝くんが持ち帰ったもう動かない人形が二体収められた木箱が置かれていた。




