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「鈴彦ー。五村の意志ってつまるところ何なの?」
毎回毎回五村の意志という不可解な存在について玉彦に聞けどもそう云うものだから、としか答えてもらえない私は今回は鈴彦にチャレンジしてみた。
すると座敷で各々歓談していた歴代当主たちがピタリと会話を止めて私を凝視した。
お竜さん以外全員が揃った動きをして、どこまで遡っても正武家の人間は同じ反応をするようだ。
返答を求められた鈴彦はくいっと盃を呑み干して、私の頭にがしっと手を乗せる。
「五村の意志とは」
「意志とは?」
「五村の意志である」
「まんま言葉の通りじゃーん!」
遠慮なくツッコんだ私に座敷は再び当主たちの歓談が始まり、場が動く。
どうやら鈴彦が何と答えるのか様子を見ていたようだ。
なおも食い下がろうと意気込んだ私の膝を玉彦の手が叩き、もうやめろと目で訴える。
「だっていっつも玉彦教えてくれないじゃないの。えー。あ、そうだ。お竜さんは五村の意志って知ってる?」
不意に水を向けられたお竜さんはきょとんとしてから、頷いた。
え、頷いた。てゆうことは、私と同じ惚稀人のお竜さんは教えてもらえて、私が教えてもらえないその境界線とは。
「ちょっと鈴彦。お竜さんには教えて私には教えてくれないって不公平じゃないの」
「……語った覚えはない」
「へ?」
「お竜よ。知っていたのか」
眉根を寄せた鈴彦の視線を受けてお竜さんはスッと顔を背けた。
「鈴様や正武家の殿方にはお応え出来かねます。殿方に言い伝えられるものがある様に、正武家の母となる者にも言い伝えられるものがあるのです」
毅然と答えたお竜さんに私は身を乗り出した。
「ちょっと待ってよ。私、母になる予定だけどそんなこと誰からも言われてないわ!」
気が付けば再び座敷は静まり返っていた。
私の言葉に慌てたのはお竜さんである。
「え? そんなことはないでしょう? 次代の母から聞いていないの?」
「聞いてない」
「これっぽっちも?」
「これっぽっちも!」
「そんなはずは……。だって比和子、あなたそろそろ産み月でしょう?」
「予定では来月くらい」
「だったら……これは一体どういうことなのでしょう。当主! 当主!」
少し離れたところで水彦と差しで呑んでいた澄彦さんが呼ばれて、お竜さんの前で正座をする。若干顔が強張っていた。
「貴方の妻はご存命?」
「はい」
お竜さんの問いに澄彦さんは神妙に答える。
「では貴方の母は」
「私を産み、半年後に」
「……なんということ。祖母は」
重ねられる問いに今度は遠くから水彦が答えた。
澄彦さんの祖母ということは水彦の妻、良子である。
道彦を産み、五年後にお屋敷を去ってすぐに流行り病で亡くなったと松竹梅三姉妹の思い出話で語られていた。
「妻は子を産み、六年後に」
お竜は首を伸ばして水彦を見て、澄彦さんへした質問を繰り返した。
すると水彦の母も出産後、一年も待たずに亡くなっていた。
ここ数代の正武家の母となった女性は月子さんを除き、皆短命だった。
子どもを産んで数年で身罷っている。
奇妙な一致に悪寒が走った私は無意識に膝に置かれたままだった玉彦の手を握り締めた。




