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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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 私の眼には実体化しているように視えているお竜さんにミカンを勧めたけれど、どうやらご先祖様たちとは違い、話をすることは出来てもお酒を呑むだとか食べ物を口にすることは出来ないそうで、目の前のミカンを前にお竜さんは身悶えていた。


「お酒、呑めないの残念だね」


「いいのいいの。元々呑まないから。それよりも鈴様以外の誰かとお話できることが嬉しい。あ、鈴様が退屈ってわけじゃないのよ?」


 話好きのお竜さんは傍から見てもウキウキした様子で炬燵で身体を揺らす。

 数百年も鈴彦とスズカケノ池に居て、退屈じゃないというお竜さんは普段一体あの口数の少ない鈴彦と何を話しているのか気になる。


 そうこうしているうちに本殿での新年の儀式を終えた澄彦さんと玉彦が家中の間に戻り、私に触れられた二人は炬燵でぬくぬくしていたお竜さんを見て新調した黒扇を懐から出したけれど、すぐにお竜さんだと分かった玉彦は黒扇をしまい、私はお竜さんに会った事が無い澄彦さんに彼女を紹介すると目をまん丸くさせて驚いていた。


 前に鈴彦に聞いたところによると、池にいる鈴彦は自分の力加減で普段視えない正武家の人間に自身の姿を視せることは可能なんだけれど、澄彦さんは面倒臭そうな人物なので隠れているらしく、そう言えば澄彦さんがずっと前に鈴彦は池に行っても自分の前には現れないと言っていたことをその時私は思い出した。


 楽ちんな長着に着替えた二人とお竜さんと私が家中の間を出るとそこには鈴彦が待っており、お竜さんと微笑み合って手を繋いで先を歩いた。

 私は澄彦さんと玉彦に挟まれ、二人の手を取ればご先祖様が視えたらしく、本殿での声掛けが成功していたと知る。

  鈴彦はお竜さんを迎えに来たけれど、他のご先祖様たちはひと足先に母屋の宴会場に移動したのだろう。


「今年も酒から始まるのか……。比和子。間違っても呑むことは」


「さすがに解ってるってば」


「少しくらいなら呑んで……」


「父上は黙っていろ」


「……」


 そんな会話をしながら玉彦の母屋に用意した宴会場に足を踏み入れると、既にご先祖様たちは宴会を始めていて私たちはちょっとだけ、ほんのちょっとだけ乾いた笑いが漏れた。



 今年の新年の宴会は去年に引き続きご先祖様の面々は同じで、主役は無事に懐妊した私だった。

 ご先祖様たちは口々に喜びを口にして、双子であることはあまり気にしていないようである。

 正武家の凶兆とされているのに、と不思議に思っていたら、私の隣でお酒をちびちび呑んでいた鈴彦が意外なことを口にした。


「双子が凶兆であるとされていることを知る民たちは今は少なかろう。ならば五村の意志に淘汰される可能性もまた低かろうて」


「えっ!?」


「数年前に白猿はくえんも討伐された。永きに亘る因縁が解消されたことにより、凶兆とされる謂れもまた遠からずなくなるであろう」


 鈴彦の言葉に私と玉彦は顔を見合わせた。

 白猿の原因は正武家の双子と御門森の双子のお家騒動が発端だ。

 それ以前に産まれた双子は時世の医療レベルが低く亡くなってしまい、以降の双子は白猿の件を踏まえて正武家が先手を打ったか五村の意志に淘汰されたということだろうか。

 白猿が居なくなったから双子は危険分子ではないと五村の意志が判断すれば子どもたちは手放さずに済むってこと?


「鈴彦、あの」


 私の考えを聞こうとしたら鈴彦は残念そうに眉を顰めた。


「白猿が居た、という人々の記憶は新しい。故に五村の意志はまだ変わらぬであろうな。恐らく数十年、数百年後には双子であろうとも五村で育てられることになるであろう」


「ということは現時点ではやっぱりってことかぁ……」


 一筋の光が見えた気がしたけれど、それはすぐに閉ざされてしまった。

 しかし、である。

 数十年後か数百年後には大丈夫ってどういう仕組みなんだろう。

 そもそも五村の意志って何なんだろう。



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