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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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第十五章『正武家のお正月』



 玉彦が書き終えた顛末記を一人母屋で読んでいる澄彦さんを尻目に玉彦は家中の間の改装を終えて、自分の母屋の襖続きの二間を一間にし、宴会の準備をせっせと一人で頑張っていた。

 私はそれを大人しく眺めている。


 すっかり大きくなったお腹を摩り、もし今産気付いたらどうしようと考えたが慌てて首を振った。

 こうなったらどうしようと思うとそうなってしまうことが多々あった私は別のことを考えることにした。


 三十一日の今日はこれから夕餉の準備をして食べて、日付が変わる前に二人を本殿へと送り出す。

 それから私は家中の間で一人で過ごし、二人のどちらかが呼びに来てくれてから宴会場へ移動。

 そこで前回みたくご先祖様と数時間過ごして、三人でご来光を眺める。


 うん。なんてことはない。

 ちょっと引っ掛かるのは家中の間で一人だけの時間が出来るということだけど、さすがにねぇ、何も無いわよねぇ……。

 正武家屋敷でしかもお正月に何かが起こるはずはないと思うけれど、何となく嫌な予感がしなくもないので私は玉彦に青紐の鈴は絶対持ち歩くように念を押して、自分もそうすることにした。


 宴会の準備を終えた玉彦と私が家中の間の炬燵に入って双六を作っていると澄彦さんが合流して、夕餉を済ます。

 今年は御門森の宗祐さんが腕を振るって打ってくれたお蕎麦で、美味しく頂いた。

 宗祐さんはお蕎麦屋さんをしても大成できたと思う程の出来栄えだ。

 今年の年越しからは東さんもいるから張り切ったんだろうな、と思う。

 この一年で私が一番嬉しかったことは妊娠したことだが、同じくらい東さんが帰ってきた事が嬉しい。

 もう二度と会えないと思っていた人が実は生きていてくれて、帰ってきたのだ。

 それが愛した人ならこんな素敵なことってない。

 お蕎麦を啜りながら涙ぐむ私に玉彦は自分の海老天を乗せてくれた。



 夜半やはん前。

 お役目着に着替え終えた当主と次代はすぐに戻ると言い残して本殿へと出向いた。

 家中の間で一人きり、除夜の鐘に耳を澄ませ、今頃舞っているのだろうと感慨深く思っていると、炬燵に入っていた私の肩を後ろから誰かが叩いた。

 びくりと飛び跳ね、恐々後ろを振り返るとそこには純白の着物姿の女性がニコニコと膝立ちしていた。


「おっ、驚いたー! え、どうして? なんでここに?」


 ほほほと笑う女性に私は炬燵布団を捲って中に入るように勧める。


「鈴様が今年は一緒に行こうって誘ってくれたのよ。ちょっとくらいなら池を離れても大丈夫だからって!」


 炬燵に入ってぬくぬくと満足げに微笑む女性は正武家のご先祖様の鈴彦の妻、お竜さん。

 昔々暴れる竜神を鎮める為に当時の当主だった鈴彦と一緒に人柱となった惚稀人である。

 普段は鈴彦と共にスズカケノ池に居て、たまに現す姿を見た村民からは心中した幽霊だと思われている二人である。

 まぁね、何百年も前の人が未だに成仏しないで留まっているなんて思わないだろうから、仕方ないけどね。


 今日のお竜さんはいつものハイカラな出で立ちではなく、久しぶりにお屋敷を訪れるからきちんと正装して来たという。

 昔から正武家の正装は死装束のような着物だったんだと今更ながら思う。


「今年は本殿の酒宴はしないだろうって鈴様が仰ってね。だったら私も行けるんじゃないかって思ったの」


「鈴彦、鋭い」


「そりゃそうよ。私だって身籠っているときは本殿に参じなかったわ。身震いするくらい寒いでしょう、本殿。身体に悪いわ」


 そう言ってお竜さんは私のお腹に目をやり、撫でてもいいかと聞いてから手を伸ばした。

 すすっと二度擦り、その手をもう片方の手で握り締める。


「双子、なのでしょう?」


「……うん」


 お竜さんは正武家の双子の謂れを知っている。

 凶兆とされる双子を宿した私に同情の視線を送ると思いきや、彼女はあっけらかんとしたものだった。


「家族が増えるって良いわよー。どうせだったら三つ子とかだったら良かったのにねぇ」


 どうやらお竜さんの血は確実に玉彦に発現しているようだ。



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