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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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 しみじみと悲しそうに口をへの字にした彼女は主門を見やり、癖なのか自分の頬に手を当てた。


「あの時もね、脈が乱れてしまったのよ。原因が分からなくて困っていたら、外来から歩いて来た男の人に手を引かれてここへ戻ってきたの。そんなこと初めてだったから本当に驚いたわぁ。だぁってほら、視えることもそうだけど迷わずここに連れて来てくれたんだもの。その時に身体から出てる糸を辿ればって教えてもらったのよ。あとは身体に添わせて寝かせれば良いってね」


 主門の息子はもうこの世に一人しかいない。


 多門がここに来ていた。


 一度だけ。


 主門が運ばれて半年後ということは二年前の春先か。

 その頃を思い出してみても多門に変わりはなかったように思う。

 話を聞かされた玉様の様子を窺えばきゅっと眉根を寄せていた。


 話好きの看護師はオレたちの間の空気を何となく察して口を閉じていたが、Sさんの息子の知り合いっぽいと勘付き、話を再開させた。


 多門は清藤の謀反の後に稀人として五村に住んでいるが、普通に生活している村民は正武家と関わり合いがなく顔はあまり知られていない。鈴白村以外の村民ならなおさらだ。

 ちなみにオレや須藤はずぶずぶの鈴白村民なので無駄に顔は売れている。


「あれから最近まで安定していたんですけどねぇ。最近になって何度もこんな事になったからもしかして息子さんが近くに来ているのかしらって思ったんですよー」


 玉様は主門の手を離さず彼女に首を傾げた。


「なぜ息子が近くに来ていると思った?」


「最初にふわふわしちゃったとき、ね。Sさんはどうやら息子さんを迎えに身体から抜け出して外来棟へ無意識に行ってしまったみたいなんです。ご家族が来るの、待ち焦がれてたんでしょうねぇ。だから、ほら。息子さんは自分が来るとこうした事態になるからもう二度と来ないって」


 衰弱した身体で幽体離脱を繰り返せば玉様が危惧するように寿命は縮まる。

 多門もまた、自分が近くに来ることによって幽体離脱をしてまで迎えようとする主門を危惧したのだろう。

 死を危惧したのか、何かが切っ掛けで覚醒することを回避したかったのかは分からない。

 生霊となっていた主門に自我は感じられなかった。

 けれど息子の気配や娘の残り香を感じ、無意識に引き寄せられたのだろうことは想像に難くない。

 看護師は主門の顔を見ながら眉をハの字にさせ、それから玉様を見てますますハの字にさせた。


「次代様。抜け出さない方法があるのなら施していただ……」


「控えろ。次代に進言するのは過ぎた行いだ」


 思いの外強い口調になってしまったオレに看護師はハッとして失礼しましたと慌てて頭を下げた。

 オレは一体いつからこんなに人を威圧的に黙らせる人間になったんだ。

 何も事情を知らされていない看護師が患者を心配するのは当然のことだ。

 誰も見舞いに来ない患者に同情する気持ちを持つくらい普通に優しい人だ。なのに。


 オレの所為で気まずい雰囲気の中、看護師はもう一度だけ失礼しましたと念を押す様に謝罪をし、立ち上がった。

 そして椅子を片付けながら窓枠に少しだけあるスペースに伏せられていた何かを立て掛けた。

 それは清藤主門と幼い都貴と双子の写真が収められた写真立てで、四人が写る写真の隅に小さくもう一枚。

 恐らく双子を生んですぐに亡くなってしまった主門の妻のもの。


 たまにベッドから起き上がった主門の視線の先にあったのは外の景色か、在りし日の家族たちか。


 寂しくないようにと最後に置いて去った多門を思えば、オレはもう何も玉様には言わないでおこうと思った。




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