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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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 廊下と同様に真っ白い部屋だった。

 長期の入院にも拘らず私物は一切なく、用意されたベッドに横たわる主門。

 枕元の棚には置時計一つでテレビも無い。

 ただ、強化ガラスが填め込まれた開閉できない大きな全面の窓からだけ木々の緑と空の青が望める。


 玉様の来訪に男性医師と中年女性の看護師は頭を下げて、さっとベッドから距離を取った。

 院長から今日正武家の人間が訪問すると聞いていたようだ。

 若い男が着物でお付きの男を連れている時点で、五村関係者が多く勤める病院ではすぐに誰なのか察する。

 一般の外での役目では名乗ったりなど余計な手間が必要になるが、関係者だけのところだとそれが無いので楽で良い。


 玉様とオレに丸い椅子を勧めた医師に促され腰を下ろす。

 頭側に座った玉様は姿勢正しく主門の顔を眺め、オレは少しだけ身を乗り出して覗き込んだ。

 五十嵐が写してきた画像と同じ。

 生気なく窶れて顔色はめ、僅かに上下する胸を見なければ死んでいるように見えた。


 五人の人間に取り囲まれた主門は眠り続け、玉様が医師を無言で見れば彼は手にしていたカルテに目を落とした。


「大きな変化はありません。ただここ数か月、月の半ばに脈が弱まったことがあり、今月もそうでした。そして今日は今月二度目の脈の乱れです。それ以外にさしたる異常はありません」


「十月からであろう」


 主門の脈の乱れは生霊となり佐々木の前に姿を現した時と一致する。

 五十嵐は医師や看護師にリサーチしたと言っていたが、特別棟の人間には訊かなかったのかとそちらを見れば、額に手を当てて目を閉じる。


「御門森の視線が痛い。訊いた。訊いたぞ。顔の無い男を見たことはあるかって」


 すると五十嵐の隣にいた看護師はあらあらと困ったように頬に手をやる。


「顔はありましたよ。ありましたとも」


 都貴の亡念に影響された佐々木だけが主門の顔を認識できないだけで、他の人間には顔は見えていた。

 それはスマホの画像で確認済みだ。

 五十嵐に訊かれた特別棟の医師や看護師は視えることは当たり前で、主門が生霊になって病院を徘徊していてもまさか顔が無い男だとは思わなかったのだろう。

 中年看護師によれば脈が乱れると主門の身体から薄らと白い糸らしきものがどこかへ続いていて、それを辿って行くと生霊になってしまった主門を発見するそうだ。

 一度目は外来棟から手を引いて戻ったが、その時に主門に話掛けながら戻ったので視えない周囲の人間から怪訝な目を向けられたそうで、二回目からはささっと移動できるので車椅子を利用することにしたのだそうだ。


「事情は承知した。暫く三人だけにしてくれまいか」


 玉様が静かな声でそういうと、五十嵐たちは病室から出て行く。


 三人の気配が廊下から消えると玉様は主門に掛けられていた布団を少しだけ捲り、肉が落ちた腕の先にある骨張った手に自分の手を重ねた。


「体温は高くはない。神守の眼の作用で眠っているかのようだ」


「当主に粛清されたから普通の眠りではないってことか。でも食事には起きるから生命維持には問題ない、と」


「他者の手を借りなければ死んでしまうが」


「まぁ起こされないと起きないなら、食事の準備もできねーし、食材は手に入れなきゃだし、生きる為の活動を放棄してるから然もありなんだな」


 全く同情する気が無いオレの返事に玉様はもう溜息すら吐かず、手を重ねたまま主門の寝顔をずっと見つめる。


 そうしていること数分。

 病室の静寂はお茶を用意してくれた先ほどの中年看護師によって破られた。

 置時計の横に湯気が立つ湯呑みを置いた彼女は玉様が手を重ねる姿を見て柔らかく目を細めた。


「久しぶりの、ほんっとーーーーに久しぶりのお見舞い客ですね。Sさん」


 彼女の言葉に玉様とオレは同時に反応した。

 主門を見舞いに来る人間は有り得ないからだ。

 ここに主門が入院していることは玉様ですら知らなかった。

 唯一知っているのは当主、そして稀人頭の兄貴だけだと思う。

 しかしこの二人が主門を見舞う理由はない。


「誰が来たんですか?」


 看護師はオレたちと反対側に自分で用意した椅子に座り、ちょっと猫背になりながら窓の外に目を向けた。


「息子さん。お名前は存じ上げないけれど。一度だけね。Sさんがここへきて半年後くらいだったかしら。帰り際にねぇ。もう二度と来ないから父をよろしくお願いしますってねぇ……。それから本当に来ないのよ?」




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