第四章『藍染村の絡繰屋敷』
「金輪際絶対に誰が何と言おうとも比和子がどんなに駄々を捏ねようとも。妊娠している間、外出する際は私が付き添う。絶対にだ!」
藍染村からお屋敷に帰宅すれば、裏門前で待ち構えていた玉彦がおかえりを言う前に青筋を立てて宣言した。
あまりの剣幕に運転席から降りた高彬さんはそっと車の影に隠れる。
人形二体を収めた箱を両手に持って降りた竜輝くんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ただいま、玉彦。どうしてそんなに怒ってるのよ。無事に帰って来たのに」
腕組みをして踏ん反り返っていた玉彦は袂からシルバーのスマホを取り出して私に印籠のように掲げた。
揺らぎが無くなった玉彦はようやく人並みに電化製品を扱えるようになり、水を吸収する様にインターネットの世界を学んでいる。
「なによ?」
近付いてスマホの画面を見れば、小町から送られて来たメールに画像が添付されていたようで。
そこにはバットを構えて日本人形と対峙している私が写っていた。
右側に猿助の緋色の着物が入り込んでいることから鳴丸が撮影したもののようだ。
「あー……」
画面を見ながら言い訳を考えている私の頭に玉彦の右手が乗せられて、久しぶりに鷲掴みにされる。
一応手加減はしてくれているようで痛くはないが、この行為そのものに玉彦の怒り具合が窺えた。
「竹は妊婦は病人ではないと言うが、病人ではないが妊婦なのだぞ。比和子には自覚が足りぬ。あまりに無謀」
「ごっ、ごめん」
玉彦が腕を揺らせば私の頭も揺れる。
確かに私の自覚は薄い。というかほとんど全くない。
つわりも全く無くて、双子がお腹の中にいるというのにほとんどお腹が膨らんでいない。
毎月の煩わしい生理が無くて良かったなとか、ちょっと食欲が増えたけれど太る気配がないので良かったなとか思うくらいで、普段と変わりなさ過ぎるので自覚が無いと言われれば否定はしない。
「女性は自身の身体で他者の肉体を作り、産む。これは尊く、男には決して出来ないことだ。だからこそ男は女性を護れるように力強くある。比和子には皆、自分一人の身体ではないのだからと言うだろう? その言葉、軽く考えているのではないか? 命を育んでいる自覚は無いのか?」
「ご、ごめん……」
「自覚は無いのかあるのか?」
「くっ……。今、持ちました……」
鳴丸め。小町と山小屋で仲良くなってアドレスなんて交換しやがって、と心の中で苦々しく思いながら裏門前で私はろくに反論も出来ず、玉彦にしばらくお説教を喰らったのだった。
玉彦に手を引かれて母屋に戻り、強制的にお風呂へと入れられた私は部屋で髪を玉彦にドライヤーで乾かしてもらう。
まったく……から始まる御小言付きだ。
気持ちは良いけれどあまりに御小言が長すぎるので、私は話題を変えることにした。
このままだと私の髪が焦げ臭くなってくる。
「そういえばね、竜輝くんが凄いことしたのよ。玉彦、反閇って知ってる?」
「よく、知っている」
玉彦は私の言葉が聞き取りにくかったのかようやくドライヤーを止めて、私の隣に腰を下ろした。
「竜輝はこの春に稀人として正式に仕えることになった故、南天から許可が下りたのだろう」
「許可が必要なものなの?」
「素人が無暗に揮ってはいけない力、だからな」
「ふーん」
ドライヤーのコンセントを抜いてくるくる本体に巻き付け、玉彦を伺えば少しだけ無意識に微笑んでいた。
竜輝くんは玉彦の代の稀人だから、彼が成長していると知って嬉しいのだろう。
どうしても竜輝くんより年上の稀人が多いので、竜輝くんは彼らの一歩後ろでお役目に参じている。
今は未成年で学業が本分と言われていることもあり、活躍の場は少ない。
「しかし反閇とよく比和子がわかったものだな」
「あ、鳴丸が教えてくれたのよ。言葉だけね」
「猩猩が?」
「うん。猿助が九条さんにやられてる時に、水彦が小さかった宗祐さんに反閇だって教えてあげてたのを聞いてたんだって」
「そうか。反閇とは呼んでいるがあれは九条が視えない宗祐の為に作り出したものだ。足捌きは反閇、禹歩とも言われる。そこに稀人の錫杖術を組み合わせたものだ」
「じゃあ足捌きは元々あるものなのね?」
「うむ。今は能に引き継がれているが、元を辿れば陰陽道、そこから道教へと繋がる。呪術的な足捌き、といったところだ」
「へぇ~」
玉彦は何でも知ってるのね、と感心すればあの時の竜輝くんのように玉彦は分かり易くデレた。
それから玉彦はすっかり機嫌が良くなり、私はようやく御小言地獄から解放されたのに、夕餉の席で澄彦さんが話を蒸し返して笑い転げたものだから、再び玉彦はむっすりと機嫌が悪くなってしまったのは言うまでも無い。




