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あぁ、これは。
憑き物が本体を乗っ取り、表面に現れてこようとする時に似ている。
佐々木は一体何に憑りつかれていたというんだ。
当主の札にも反応しない、ましてや玉様が発する自動的な靄も反応しない。
悪しき者ではないからなのか、脅威ではないからなのか。
ゆっくりと人格が入れ替わる様を視ている玉様は、正面の佐々木を見据えたまま、そして黒扇のリズムを止めず。
「豹馬よ」
「……はい」
「今日の伴がお前であったこと。これは倖いであった」
「……オレも、そう思う」
玉様の言葉にオレは何となく察した。
主門や多門の顔が黒く見える佐々木。
これは二人が危険なのではなく、『佐々木にとって』二人が危険ということ。
恐らく彼女に憑いているものが二人を危険に感じているのだろう。
だから玉様やオレには二人の顔がきちんと見える。
しかし佐々木に憑いているもの、人間に憑りつくくらいだから普通のものではないのは確かだが、当主の札などが反応していない理由は一体なぜなのか。
まだ分からないことがオレにはあったが、既に玉様の中では折り合いがついているらしく、目の前の佐々木の変化を黙って見つめていた。
姿形はそのままなのに数分後、佐々木が纏っている雰囲気はまるで別人だった。
玉様や月子様、そして五十嵐には佐々木の印象が変わったくらいにしか感じなかっただろうが、視えているオレの目にはもっと顕著に違いがあった。
大人しく身体の中に引っ込んでいた赤黒い液体が彼女の全身を包み込んでしまっていたのだ。
蝋燭の蝋に全身が薄くコーティングされ、全身タイツを着ているように視える。
顔の凹凸はきちんと再現されているので、表情の変化が分からないということは無い。
守る為に液体が出てきたと予測できたが、何から守るというのか。
主門は寝たきりで、多門は五村に居る。
ここに二人を感じられるものはオレのスマホしかない。
「豹馬。何が視えている」
「あー……液状のものが身体を包んでる。こちらに向かってくる気配はないと思う」
「さて。どうしたものか。このまま祓ってしまうのは簡単だが、それではただ佐々木が顔の無い男を見なくなるというだけで、顔の無い男が院内を徘徊している件について解決はせぬ。よって」
「そいつがここに来るのを待つ?」
「うむ。それが妥当であろう。佐々木には囮になってもらう他ない」
ようやく玉様の手が止まる。
こんな話をしているというのに目の前の本人は口元に笑みを湛え座ったまま、身体を反時計回りにぐるぐると揺らす。
すると窓際に移動するように言われていた月子様が流石に自分の会社の社員の異変に黙っていられず、口を挿んだ。
「綾ちゃんは大丈夫? ずっとこのままここに先生と居ればいいの?」
月子様の問いに玉様は答えず背を向けたままで、オレに右手を軽く上げる。
既に息子ではなく次代のスイッチに変わった玉様は、あれほど大事にしている月子様にぞんざいな仕草を見せた。
玉様に代わり振り向いたオレが頷く。
「今のところ問題はありません。そのままそちらでお願いします」
「本当に大丈夫なのよね? 綾ちゃん、すごくけったいな動きをしてるけれど」
確かに佐々木は今、まともな人間がしないであろう動きをしている。
ニヤついたまま身体を揺らし続ける様は、まるでこちらを挑発しているかのようだ。
しかも赤い全身タイツのような見た目で。オレにしか視えていないけど。
「大丈夫です」
と、言い切ったオレに月子様は分かったと頷き返し、五十嵐は薬でもやっているんじゃないかと佐々木に疑いの目を向けたが、オレと目が合ってそういうものなのだ、と無理矢理自分の常識を押し込めたようだ。




