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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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17


「玉様」


 オレは応接室に戻ろうと玉様を見れば、すっと目を細めて頷く。


「五十嵐。オレのスマホで特別棟の患者を写して来てくれ。眠っていてもいい。顔と全体の二枚」


「わ、わかった」


 月子様からスマホを受け取った五十嵐は慌ただしく席を立ち、そして月子様に支えられる形で腰を上げた佐々木は当主の御守りを持つ月子様の影響で身体の中に不穏な液体を収める。

 月子様一人では心許ないと手を貸そうとした玉様を制止する。


 玉様が今佐々木に触れれば、五十嵐は徒労に終わる。

 玉様に触れられた後なら、恐らく佐々木は多門の顔も主門の顔も認識できるだろう。

 彼女に憑いているものが何かは分からないが、当主の御守りに拒絶反応を示すのであればそれは良くないものなのだけは確かだ。


 応接室に戻り、動揺する佐々木を月子様が宥めていると息を切らした五十嵐も特別棟から戻って来た。

 スマホをオレに手渡し、寝てた、とだけ言うと精根尽き果てたようにソファーに倒れ込む。


 画面を確かめるとそこには何度か会ったことのある清藤主門が映っていた。

 玉様の元服の儀に二年も遅れて祝いに来た席で。

 惚稀人願可の儀の言祝ぎの席の前に。

 そして正武家屋敷襲撃の際に。

 オレは清藤主門と会っていた。


 言葉を交わしたことは一度もない。

 だから会ったというよりは見たといった方が正しい。


 眠る主門は瞼を閉じていても目が力なく落ち窪んでいることが分かる程、窶れていた。

 生気溢れる姿を知っているからこそその落差が明確だった。

 しなやかで豹の様な体躯だったと記憶しているが、全体を写したものは布団が掛けられていて確認は出来ない。

 しかし介護状態と五十嵐から聞いているので、身体の方も筋肉は落ちて見る影もないのだろう。

 娘の都貴より、長男の亜門より、次男の多門が一番主門の面影を残している。

 亜門と多門は双子だが二卵性なので、亜門は母親似で多門は父親似なのだろうと今更ながらに思った。


 スマホを玉様に見せ、主門が写っていることを確認してもらい、それから月子様の隣にいる佐々木に画面を向けた。


「患者さん? この人がどうかしたの?」


 普通に主門が見えている月子様は訝し気に首を傾げ、佐々木は震える両手で口を押さえた。

 やはり顔だけが見えていないようだ。

 違う顔に見えるのではなく、顔が黒く見えている。

 不可思議な物事全般に言えることだが、白く見えるものや紫系に見えるものというのは危険度はかなり低い。

 逆に闇に近い色、黒などは危険度が高い。

 なので顔が黒く見えている主門、および多門は危険度が高いと判断するのが妥当なのだが、稀人の多門が危険であるということはあり得ず、そしてまた病院内に貼られていた当主の札が消耗されていないことから主門が危険であるというのは考えにくい。

 そうして導き出される答えというのは。


「母上。あちらの窓際へ。豹馬、彼女はそのままそこに。五十嵐、おい、五十嵐。起きぬか。お前も母上と共に窓際へ」


 玉様に指示を出され、月子様と五十嵐は応接室の出入り口の正面に位置していた窓際へと移動し、佐々木はその場に座って留まった。

 ちょうど彼女の前に座っていたオレはその場を玉様に譲り、玉様の背後に立つ。

 部屋の配置的には入り口があり、ドアに背を向けて佐々木が座り、その正面に玉様が向き合い、背後にオレが立ち、オレの数メートル背後には窓があって月子様と五十嵐がいる。


 玉様は懐から出した黒扇をぱしんぱしんと手のひらに打ち付け、一定のリズムを刻む。

 佐々木は怯えて上目遣いに玉様を見ていたが、段々と弱気だった瞳にいやらし気な力が籠り、それに伴って顔付きも太々しく変化してゆき、前のめりに猫背だった姿勢が真っ直ぐに伸ばされていく。



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