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病院食というと味気なく質素なイメージだが五十嵐に案内されて訪れた院内の食堂はレストランでオレは迷わずカツカレーを注文した。
本来なら外来患者や見舞客が利用するはずのレストランの客層は病院の職員ばかりで、十数人いる客の中で外の人間はオレたちだけだ。
皆白衣や看護服だから見分けは簡単だった。
注文して少ししてから運ばれて来たカツカレーは至って普通のカツカレーで、オレの持論であるカレーだけはどこの飯屋でも外さないという説が立証される。
玉様と月子様は揃ってラーメンで、佐々木は焼きそば。五十嵐は夜勤明けの眠気覚ましのコーヒーのみ。
焼きそばはともかくラーメンは当たり外れがあるのだが、二人の様子を見ていると文句はないようなのでそこそこのラーメンなのだろう。
人心地ついた月子様は満足した様ですっかり機嫌が良くなり、何となく構えていた玉様も緊張が抜ける。
鈴を鳴らした玉様は返事がすぐにあったことに頷き、懐にしまう。
そしてオレはマナーモードにしていたスマホを確認すると数件亜由美からメールが来ていた。
お仕事頑張ってというメッセージに添付されていたのは鰉と一緒に参加している冴島家主催の婚活クリスマスパーティーの会場で、写された風景には取り巻きに囲まれて半ば放心状態に見える多門やにこやかな須藤がいた。
中には見知った顔もあり、オレもこっちで役目じゃなければ冷やかし役で参加したかったところだが、パーティーの陰には当主の面倒臭い計画が組み込まれているのを知っている手前、素直には楽しめないかもしれない。
宿屋の一家に根回しは済んでいるので鈴木が網にかかるのは時間の問題で、あの阿呆が登場すれば須藤や多門は場を離れられる手筈になっているのだが、二人は今日の主役と言ってもいい立ち位置だから主催者兼共犯者の流子は逃がさないだろうなと思う。
玉様の従兄妹で月子様の姪の流子は須藤と多門に頼み込まれて、美山学校祭の緊急イベントの賞品を落札した。
もちろんその金は須藤と多門が負担し、そして今回のパーティーの資金は二人がほとんど捻出している。
そんなに金を掛けるなら大人しく誰か一人を選んで一日付き合えば楽だろうとオレは思うが、誰か一人を選ぶと五村の特性上トントン拍子に話が勝手に進み、気が付けば結婚する羽目になるという須藤の見立てに同意した多門が今回のパーティーを企てた次第である。
落札した流子が他の村民たちから稀人のどちらを選ぶのかと何度も何度も何度も毎回聞かれるのが億劫だとクレームが入ったこともあるのだが。
無言で玉様にスマホを見せると玉様はオレのスマホを五十嵐にパスをして最後に月子様の手に渡る。
「あらぁ。シャレたイベントするようになったのね、うちの家。あっ、綾ちゃん。これね私の実家なのよ。見て見て~」
そう言って全く何の話題なのか分からないまま蚊帳の外だった佐々木はオレのスマホを覗き込み、そして小さく悲鳴を零した。
「綾ちゃん?」
「この人、顔、無くないですか……?」
「えっ!? あるわよ、あるある。短髪でスーツの男の子よ? あっさり和風風味の可愛い男の子。あ、男の子に可愛いはダメかしらね~」
佐々木が恐る恐る指した先には鰉に無理矢理肩を組まれた鬱陶しそうな多門がいた。
玉様とオレとなぜか五十嵐もスマホを覗き、そして顔を見合わせた。
オレたち三人にも月子様と同様、しっかりと多門の姿は見えている。
顔が無いなんてことはない。
奇妙な出来事に周囲の空気が冷え込んだ気がして、身体が無意識に佐々木から距離を取った。
ドンっと身を乗り出していた玉様に衝突してそちらを見、そして佐々木に目を戻せば彼女の身体からじわじわと滲む赤黒い液体のようなものが溢れる。
しかし視えているのはオレだけだったようで、佐々木の一番近くに居た月子様は気にもしていない。
液体が意思を持ったように足元から月子様に迫ったが視えない力に弾かれて、怯えたように佐々木へと戻る。
……当主の御守りか。




