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『Sさん』の正体を知らされていない五十嵐は玉様とオレの反応を見て何かの因縁があると感付いたようだが、深くは聞いてこなかった。
正武家の領分であると判断したからだ。
仮に尋ねられたとしても役目関連としか答えようがない。
正武家のお家騒動や上守の家族のことなど話すわけにはいかない。
特に同級生の上守のことは。
当主は病院に主門が入院していることを知っていたはずで、しかし玉様には話さなかった。
単純に今回の役目に関係していないと判断したのか、はたまた面白がったのか定かではないが、一つだけ言えることはあくまでも当主が把握すべき事柄であり次代にわざわざ教えることも無い、行けば知ることになると思ったからだろう。
百聞は一見に如かずだ。
けれど玉様の様子を見るに初めに伝えておく事柄だったのではないかと思う。
どうやら玉様はオレと違った考えを持ったようで、当主は面白がっていると判断した様だ。
「玉様。主門に面会は……」
「せぬ。意味がなかろう。ひとまず院内を廻り、札の所在を確かめる」
「そう、だな。月子様たちは」
「泳いでいてもらう。母上は常に父上の御守りを身に付けている故、比和子と違って巻き込まれることはまず無い」
「今日も持ってると?」
「うむ。首から紐でぶら下げている。比和子も鈴を首からぶら下げておけば良いのだがな……」
「……猫かよ。ていうか鈴をぶら下げたところで突っ込んで行くとオレは思う」
会話そっちのけになっていた五十嵐はファイルを閉じ、必要なら特別棟に案内すると言いながら何か言いたげにオレを見る。
「どうした。まだ何かあるのか?」
「うーん……。さっきの佐々木さん、だっけ? あの人、正武家様の何かじゃないよな?」
「彼女は月子様の会社の人間だが?」
「一般人、だよな? あんな人美山にいなかったし、村外の人、だよな?」
「あぁ、そうだ。何か気になることでも?」
歯切れ悪く五十嵐はその後数分うーんうーんと唸るばかりで、痺れを切らした玉様は手にしていた黒扇をぱしっとテーブルに打ち付けた。
「五十嵐」
「あ、うーん。関係あるか分からんが、彼女、前かその前かその前に来た時に院内で迷子になったことがあったんだ。たぶん彼女だと思うんだよなぁ。コミュニティサポートの若い女性が見当たらないからそこらで見かけたら入院病棟まで連れて来てくれって院内連絡があった、気がする。いや、あった。あったから記憶に残ってたんだ。ちょっと待ってくれな」
そう言って五十嵐は院内用の携帯を耳に当て事務に確認を取り、十月十五日、佐々木が初めて病院に訪れた時に迷子になったという証言を確定させた。
佐々木は外来の三階にいたらしく、見付けた看護師に案内されて入院病棟へ連れて行かれたそうだ。
「例えば特別棟に迷い込むことはあるのか?」
「ない。特別棟の入り口には隔離病棟よろしく厳重なパスコード付きの扉がある。守衛の分所も目の前にある。扉に手を掛ける前に守衛に声を掛けられる」
ということは、佐々木が主門に接触した可能性は無いに等しい。
そこから導かれる答えは、今回の件にやはり主門は関わっていないということだ。恐らく。
そう、恐らく。
主門が演技をしていて騙していない限りは。
心がここに無い主門を疑うことが果たして必要なのか。
……オレは必要だと思っている。
以前多門が蘇芳様の寺へ出向いた際に、一連の騒動の裏には生前の都貴の姿が見え隠れしていた。
生死不明なので死んでいると言って良いのか分からないが、それでも尚都貴の影響が主門に無いとは言い切れないのだった。




