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一通り話を聞き終え、玉様は五十嵐に問う。
「黒い面を被るような処置はあり得るのか?」
「包帯などを巻くことはある。外出用にそういった物を利用する人もいるだろうけどここの患者で顔面に傷を負っている人はいない」
「では佐々木。男と判断したのはその体躯が男のものだったということであろう。しかし話を聞けば男に接触していた看護師がいたようだ。看護師の顔はあったか?」
「あった、と思います……でも遠目だったのではっきりとは分からない……です」
佐々木は申し訳なさそうに肩を落とし、玉様を見返す。
見返された玉様は視線を五十嵐へ横流しすると、五十嵐はオレに手渡していた赤いファイルをテーブルに置き直してぺらぺらと捲る。
すると数ページの病院見取り図の後ろに勤務している人間たちの顔写真、というか履歴書のコピーのページになった。
氏名生年月日、そして顔写真のところだけが切り取られ、一ページには四人分の人間が並んでいる。
「五十嵐、わざわざ作ったのか?」
感心してそう言ったオレに五十嵐は半分遠い目をして頷いた。
「昨日の晩からね。夜勤って言っても救急さえ来なけりゃ時間はあるしさ。職員の証言まとめたり見取り図確認したり、一応念の為関係者かもしれないから職員のデータもまとめておいたんだよ。んでもってもっと念の為に紙にしておいた。だって玉様、絶望的に電子機器と相性悪いし……」
五十嵐は高校時代の玉様をよく知っていたからこそ、印刷してくれたのだろう。
今年になってようやく玉様の『揺らぎ』の原因は上守が懐妊することにより消滅した。
揺らぎはある程度発散することによって被害は抑えられるが、上守が高校二年の夏に鈴白へ来るまで、中二くらいから高校二年の夏までは学業の環境が変わり、男として色々と成長した玉様は揺らぎのコントロールに苦しんでいて、被害は正武家屋敷から美山高校と玉様の生活範囲に及んでいた。
屋敷は揺らぎによる家電製品の甚大な被害には慣れていたが、美山高校ではそこそこ騒ぎになっており、そういった電化製品の不具合が起きる時に限って必ず玉様が近くに居たことから皆犯人の大体の察しはついていた。
あえて本人に尋ねることはしなかったものの、翌日正武家から電化製品が補完されていたことを鑑みれば言わずもがなだろう。
「この中に該当する看護師は居ますか?」
五十嵐に手渡されたファイルに目を落とした佐々木は自分でページを捲り、何度も繰り返して丁寧に見返したが、居ないと思う、と答えを出した。
「そうなると病院の看護師じゃないってことなのか?」
暗に顔の無い男同様に看護師もこの世の者ではないのではないかと匂わせる発言をオレがすると、意味あり気に五十嵐は玉様とオレに目配せをする。
すると玉様が然も思いついたように、わざとらしく膝を手で打った。
「母上」
「はい?」
「一つ頼まれごとをされていただきたいのですが」
「えええぇ~。良いわよ。何かしら?」
月子様は玉様の方へ身を乗り出して瞳を輝かせた。
玉様を生んでから早々に正武家屋敷から出て行く定めにあった月子様は自分の夫の仕事がどういったものなのか理解はしていたが、上守のように巻き込まれ体質ではないため、役目に関わることは殆どなかった。
なのでごく稀に役目に関わる機会があると自分も役に立とうと張り切ってくれるらしい。が、当主や玉様は出来るだけ月子様に他愛もない頼み事をして危険から遠ざけるのが常套手段だった。
「院内の車椅子の数を調べていただきたいのです。恐らく病院で所有している物と個人所有の物があると思うのですが。それと患者で車椅子を必要とする人数も」
「それって重要なの?」
「重要です」
「今すぐ?」
「今すぐです。出来れば彼女も連れて行き、もし万が一顔の無い男を見かけた場合にはすぐに連絡を入れてください」
「……わかったわ。うーんと、ひとまずナースステーションで訊けばわかるかなぁ。綾ちゃん、行きましょ」
「あ、はい……」
そうして玉様の下手くそな三文芝居にあえて付き合ってくれた様子の月子様達が応接室を後にし、席を立ってドアまで彼女たちを見送っていた五十嵐はドカッとソファーに座る。
寝不足からか目頭を指先で解し、うーんと呻く。




