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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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11


 あえて同郷の友人を会社に組み込んだ理由は聞かなかったが、彼女の旧姓が工藤と聞いてオレはピンと来た。

 緑林村に工藤という家は一つしかない。緑林神社の一族だ。

 神野は恐らくオレや玉様の二つ上の工藤先輩の叔母に当たるのだろう。

 五村の神社は男女関係なく長子が継ぐことになっているので結婚して家を出られたということは年齢的にも叔母に違いない。

 はたして神社の関係者が月子様の近くにいることが単なる偶然なのか、当主がそれとなく仕込んだことなのかは判断できないが、オレ的には後者なような気もする。


 彼女たちが病院を訪れたのは午後三時。

 昼食を終えて軽い昼寝から目覚める老人たちが暇な時間を持て余す時間帯だそうだ。

 子どもたち相手ならば色々と準備が必要だがここでは雑談世間話がメインなので、ほぼ手ぶらで病院の受付に声を掛け、入院病棟の看護師が患者たちをデイルームに呼んで準備している間、二人は閑散とした待合で時間を潰していた。

 昔は携帯電話をいじっていると病院関係者に叱られたが、今は限られてはいるが使用できるエリアがあり佐々木もスマホでゲームをしていた。


 しかしふと、誰かの視線を感じ顔を上げた。

 隣の神野も佐々木と同様にスマホの画面を見ていた。視線の主は神野ではない。

 辺りを見渡しても受付の事務員は仕事をしているし、かと言って自分たち以外に待合で会計を待っている人間も居ない。


 そして再びふと吹き抜けのエントランスを見上げた。

 今日はクリスマスイブということもあり巨大なモミの木が聳えていたが、普段は季節ごとに雛人形や鯉のぼり、七夕の笹などを飾っているそうだ。


 見晴らしの良い吹き抜けを見上げ、二階に人影があることに気が付いた。

 手すりに手を掛け自分を見下ろしている。

 病院の二階は主に各科の診察室があり、人影がいるところはちょうど診察を待つ患者が座っている椅子が並んでいる場所。

 上を見渡していた視線を人影に合わせると、病衣を着て、丸く切り抜かれた真っ黒な画用紙をお面にしたような男が自分を見ていた。

 顔は黒く覆われているのにこちらを見ていると思ったのは、俯かせた顔が階下の自分に向けられていたから。

 病院には様々な患者がいて病状によっては、例えば酷い火傷を負って包帯をグルグルと頭に巻いているなど人目を憚る時もある。

 そういった時はあまりジロジロ見るものではないが、何らかの処置にしてはおかし過ぎるその姿に佐々木は神野の袖を引いた。


 指は向けず視線を向けることで異質な患者の存在を神野に伝えたが、驚くことに彼女には見えていなかった。

 小声で説明しても二階からこちらを見下ろしている人間は居ないという。

 そのうちにデイルームの準備が出来たと呼びに来た看護師に声を掛けられ、一瞬目を看護師に移したあと二階を見ればそこにはもう男は居なかったそうだ。

 見間違い、だったのかもしれない。神野の位置からは見えなく、そして顔が黒く見えたのは何かの影が落ちていたせいかも。

 自分の勘違いだと考えた佐々木はそれ以上神野に何も言わず、看護師に尋ねることもしなかった。


 そして一か月後。つまり今月の十五日。一週間程前。


 再び神野と病院を訪れた佐々木は前回と同様に待合で時間を潰していると、やはり視線を感じて今度は見渡すこともせず例の男がいた場所を見上げた。


 ……いる。


 こちらから見えている身体は前回の半分でぎりぎり上半身が見えている。

 そしてやはり自分を見下ろしていた。真っ黒い顔を向けて。

 今度こそと神野に言ってはみたものの、彼女の答えは前回と同じで見えないという。


 こんなにはっきりと自分に見えている者が見えないなんてことがあるのだろうか。

 そこでようやく佐々木は自分が見ているものは人間ではなく、所謂幽霊なのではないかと疑いを持った。


 場所も場所だし病院で亡くなった人間が化けて出ていると納得しかけた矢先、である。

 二階の男に声を掛け看護師が近付き、二人は揃って立ち去った。


 ここで佐々木は混乱してしまった。

 幽霊に声を掛ける看護師なんているだろうか。

 そうこうしているうちに前回同様看護師に準備が出来たと呼ばれて神野と佐々木は待合から離れた。


 そして数時間を病院で過ごし、帰り際。

 看護師に玄関まで見送られた佐々木が手を振って応えていると、看護師の背後に車椅子を押された男が通りすがった。

 進行方向に顔を向けず真横のこちらに向けて、姿が見えなくなるまで、振り返ってまで自分を見ていた。



 そこで佐々木の話は終わった。


 代わって月子様が、それから佐々木から病院での一件を聞き、見間違いにしては二度も同じような経験をしたことが気持ち悪いので正武家に相談しよう、という流れになったのだと締めくくった。

 佐々木から直接玉様へ連絡があったのは、月子様が他の業務で忙しく、当事者の佐々木からの説明の方が分かりやすいだろうということだったそうだが、しかし佐々木は緊張し過ぎて上手く話せなかった、と月子様は苦笑された。




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