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佐々木の言葉に全員が一瞬だけ止まる。
顔の無い男……?
オレが想像したのはのっぺらぼうみたく人肌色で目鼻口がつるりと無い男だった。
しかし五十嵐は現実的に顔が無い男なんていないだろうという常識の範疇で想像したらしく、佐々木に頭を包帯で巻かれた男性か、と尋ねる。
顔が見えないから無いという言葉を選んだのだろうと思ったようだが佐々木は首を横に振った。
すると佐々木の隣にいた月子様はオレたちの想像を上回る想像をしたようで身震いさせる。
「綾ちゃん。もしかして目が潰されて鼻も落とされちゃったり、口も糸か何かで縫われた男の人を見たの? それとも顔面を包丁でごっそりそぎ落としたような感じ?」
たぶんこの中で一番生々しくグロい想像をしてしまった月子様は増々心配気に彼女の手を握る。
オレと五十嵐はまさかだよな、と口には出さず玉様を窺ったが玉様は腕組みをしてソファーに背を預けたまま何も言わなかった。
当主の札が網羅している病院の建物で顔の無い男を見た。
証言を信用するなら当主の札が網羅された病院に存在する顔の無い男はそれ相応に厄介なヤツだ。
顔の無い男を見た、とだけ言って黙り込んだ佐々木にあれこれと三人でどんな顔だったのか質問を重ねたが違う違うと否定するばかりで、だったらさっさとどんな顔だったのか言えよとオレが痺れを切らし始めたころ、ようやく玉様が身を起こした。
「顔が見えぬのに男と判断したのはなぜだ」
「え……それは……。あれ? どうしてだろう……」
佐々木が言うには男は病衣を着用していた。
例えばオレのようにスーツであれば男だと判断するだろう、玉様のように着物であれば男女の違いは明らかだ。
女性もスーツは着るが体型にデザインの違いが出る。
しかし病衣は違う。サイズはSMLなどで男女兼用。余程筋肉質か胸が大きいかじゃないと体型で性別の判断は難しい。
顔が無いだけで髪が長かった、坊主だったなど判断のしようはあるが佐々木はその事について触れていない。
何も乗せられていないローテーブルの一点を凝視して思い出そうとする佐々木は真剣で、オレはその眼差しに嘘は感じられなかった。
玉様ほどではないにしろ勘は良い方だと思っていたが今回は外れたようだ。
「あっ……あれ? どうしてだろう……。一回目は杖をついていた、と思います。二回目は車椅子だった……?」
「最初から話してみよ。今のところ顔の無い人間と思われるモノが院内にいたとしか解らぬ」
確かにそうだ。
顔の無い男がいたというインパクトのあることだけしか聞いていない。
何時ごろに病院を訪れ、どこで見たのかそれすら解っていない。
再び一点を凝視した佐々木がぽつぽつと思い出しながら語り始め、オレの隣では五十嵐が何も書かれていない白紙にカルテを記す様に証言をメモしていく。
佐々木が顔の無い男と遭遇したのは十一月十五日と十二月十五日。
毎月十五日に病院を訪問し、入院患者たちの気晴らしのために一時間ほどレクリエーションなどをすることになっていた。
この病院に子どもは入院していないので老人たち相手にお茶会といった雰囲気だそうだ。
佐々木がこの病院の担当になったのは十月から。一回目は何事も無く終わったが、二回目と三回目に顔の無い男を見た。
訪問には二人一組で向かうことになっており、佐々木の相棒は神野という中年女性。
月子様と同い年の彼女の出身は緑林村で、小中高とずっと一緒だった親友である、と月子様が佐々木の話の合間に補足した。




