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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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11


「あれって何なのかしらねぇ?」


 竜輝くんに言われた通りに空き箱に日本人形の亡骸を入れる鳴丸の背中を眺めていた猿助に聞けば、よくわからんと返事が返ってきた。


「まぁそうよねぇ」


「でもな、おれはいっつも八歩目で止めてもらえた。だから生きてる」


「八歩目ってなによ」


「たんたんたんって足を踏みながら殴られるだろ? その八歩目のばしーんって叩き落とされておれは終わりだった」


「え。てゆうか、あんたの身体を九条さんが錫杖で持ち上げたの!?」


 九条さんはお世辞にも大柄ではない。

 私より少しだけ背が高いくらいで、肉付きは至って普通だ。

 二メートルはある猿助の巨躯を錫杖で空中に放り投げるって想像できないんですけど。


「そうよ! びっくりするだろう!? おれもいっつもびっくりしたもんよ!」


「いっつもやられてたんだ……」


 ということはいっつも悪さをして、いっつも九条さん、もしくは水彦に絞られたんだろう。

 道理で二人に神守の眼の中で再会した時にビビりまくるはずである。

 でも水彦も九条さんも猿助を祓うことはしなかった。

 きっと本気で悪意を持つあやかしではないと判断していたのだろう。


「ちなみに水彦には何を……」


「聞くなっ! 聞いてくれるな! 思い出すだけでも小便を漏らす!」


「あ、ごめん」


 私と猿助の会話を日本人形を箱に収めながら聞いていた鳴丸はちらりと震えあがった素振りの猿助に溜息を吐いて、しゃがんだまま私を見上げた。


「あれは反閇へんばいと言うそうですよ」


「鳴丸、知ってるの?」


「以前(かしら)が稀人に叩きのめされている時に陰から見ていたら、正武家の者が幼い稀人にそう言っていましたから」


「見てたんなら助けろよ!」


「嫌ですよ。私まで巻き込まれたら嫌ですもん」


 薄情な部下の発言に猿助は口を開けたままでショックを受けて固まっていると、物音一つしなかった部屋から竜輝くんが姿を現し、次いで高彬さんと……手を繋いで俯き、空いている手で目元を擦る大きなフランス人形がこちらにやって来た。

 金髪の高彬さんに手を引かれる子どもと等身大のフランス人形は遠目に親子に見えなくもない。

 人形だから涙なんて出ないはずなのにフランス人形はしゃくりあげるほど泣いていた。

 これはこれである意味不気味だ。


「た、高彬さん?」


 ちょっとだけ彼らから距離を置いた私に、高彬さんはなぜか大きく息を吐いた。


「お前があんな事するから、この子がビビって泣き始めたんだよ。誰だって友達が殴られて壊されたら泣くだろ。女の子だぞ」


「女の子って言っても……」


 人形である。キラキラのふんわり金髪に、フリフリの水色と白のドレスのフランス人形である。

 姿形は子どもでも中身は……もしかして普通に中身は成仏できなかった女の子が乗り移っていたのだろうか。

 床に散らばった日本人形の陶器の欠片を見れば、高彬さんはそっちはもう何百年も憑りついて人としての理性が消えかけていたと教えてくれた。


「じゃあそっちの子は……?」


 ぽんとフランス人形の頭に手を置いて高彬さんはしゃがんで目線を子どもの高さに合わせた。


「こいつは百年くらい前の女の子。まだ泣けるくらい人間性が残ってる」


 な? と言われて人形は頷き、両手を伸ばして高彬さんに抱き付いた。

 身体はアレだけど、仕草は怯える小さな女の子そのもので、さっきまで感じていた不気味さが申し訳なくなるほどだ。


「この子は普通に成仏することに応じてくれたから、外で祓って終わりだ。だから壊さなくてもいい。そうだろ?」


 問われて竜輝くんは頷き、私は無意識に張っていた気が抜けた。

 高彬さんはあの時、部屋に入ってきっと女の子が憑いていると知ったんだろう。

 子ども好きな高彬さんの事だから、死んでしまった子どもだとしても気が引けたに違いない。

 だから対話を試みたんだ。道理で部屋から物音がしなかったはずだ。



 それから。


 私たち三人、そして猩猩二匹は楼閣から外に出て、まだ陽が高い空を見上げていた。

 高彬さんとひとしきり別れを惜しんでいたフランス人形は今、動かなくなって彼の腕に抱かれている。

 フランス人形に憑りついていた女の子は高彬さんの手によって穏便に祓われた。

 背中をとんとんと何度か叩き、口から吐き出された黒い靄は日本人形の時のように切り裂かれることなく、大切に両手で包まれながら空へと送られた。


 いつも私は正武家の祓いを見てきて問答無用で祓われてしまうものしか知らなかったけれど、こうして高彬さんのように対話して納得させてから祓って送るのを見るのは新鮮だった。

 正武家は禍と一切取り合わないのがお約束で、どんなに同情すべきことがあっても禍は禍として祓う。

 ただし他人様に迷惑を掛けていないあやかしは見過ごされる傾向にある。

 唯一の例外は五村に大雪を降らせた雪ん子くらいだろうか。


「これで一件落着かしらね」


 天高く消えて行った靄は薄れて青空へと溶け込んだ。

 私は帯の上に両指先を突っ込んでみんなを見渡せば、高彬さんが抱えていたフランス人形をこちらに差し出した。


「ほら。やる」


「え。いらないけど」


「懐妊祝い」


「こんな曰く在り過ぎな物、いらないわよっ」


 今まで大切にされ神社にお焚き上げしてもらうように持ち込まれたフランス人形は持ち主の願い通りにお焚き上げするのが一番だ。

 それに一体では、だめ。二体無いときっと喧嘩になってしまう。

 そもそも男の子が人形遊びをするのだろうかと考えて、別の可能性にハッとする。

 私は男の子の双子だと思い込んでいたけれど、女の子の双子だって有り得るのだ。

 だって多門が言っていた。

 そろそろ正武家は姫を授かる周期だって、確かに言っていた。

 姫ってことは女の子ってことだ。

 正武家の歴史の中で女性が当主になった例は極僅か。


 まさか子どもの代でそんな珍しいことが起こるはずはない、と思いたいけどなにせ玉彦と私の子どもたちだから何があっても不思議ではないのだった。



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