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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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8


 病院の外来用の駐車場は広々と空いていて薄く降り積もっていた雪にはタイヤの跡はない。

 滅多に外から患者は来ないから当たり前と言えばそうだが、ということは月子様もまだ来ていないということだ。


 オレは病院の入り口から一番近くの角に車を停車させた。

 真ん中に停めた方が分かりやすいだろうけど、そこに停めれば玉様が文句を言うのを知っている。

 何事も順番で空いているなら奥から詰める、が玉様の信条なのだ。


 そんな玉様は映画館でもそうだったらしく、上守と初めて映画館へ行った時にちょっと喧嘩になったらしい。

 前から詰めて座ることを主張する玉様とせっかく空いているんだから観やすい中ほどの真ん中に座りたい上守の主張は玉様が折れる形になったそうだ。

 オレは上守の主張が正解だと思う。

 とりあえずここは映画館で観賞するために観やすい位置に陣取る必要もないので、オレはいつも通りに駐車場の中で一番奥と思われる場所に駐車する。


 それから数分。

 待ち合わせの時間丁度に月子様の車と思われる白いバンが駐車場に入り、オレたちの隣へと停まった。

 個人の車ではなく会社の車だったようで車体には会社名が入っていた。

 運転席に座っていたオレが隣を見れば、助手席に座っていた佐々木綾と目があった。


 あの時と変わらない。

 見た目は大人になっていたがオレに向ける不安気な目はやはり気分が良いものではなかった。


 後ろから玉様がゆっくりと降りると、月子様は車から飛び出してドアも閉めずに息子に駆け寄り両腕を広げて抱きしめた。

 玉様は驚くでもなく月子様の背中に腕を回すと、子どもをあやす様に背中を撫でる。


「玉彦が参りました。どうかご心配召されぬよう」


 肩を震わせて玉様にしがみ付く月子様は何度も頷いて、落ち着きを取り戻す。


「ごめんなさいね。なんだかもう感極まってしまって。どうしたら良いものか全然分からなくなってしまって。だってだって」


 涙声は玉様の胸でくぐもる。


「父上にはまだ子守りという大役があります。そう簡単に身罷ることはありませぬ」


「そう、そうよね。双子の面倒って大変なんだから。お祖父ちゃん、頑張らないとだもんね」


 玉様から離れた月子様は恥ずかしそうにテヘッと笑う。

 もう五十も近いというのに月子様はまだ三十代の女性のような見た目で、こういうのを美魔女というのだろう。

 髪も黒々と艶やかでただ上にまとめ上げているだけなのにセットしたかのように整っていた。

 動きやすいようにと薄いピンクのパーカーに細身のジーンズの姿は着飾っていなくても華やかに見える。

 玉様の母親だから言わずもがな美人ではあるが、こういうのを華がある人間というのだろう。


 悔しいことに褒め言葉しか出てこないオレは遅れて降りてきた佐々木に目をやる。

 黒いひざ丈のコート。この寒い時期に女ってやつは亜由美もそうだがなぜかスカートを履く。

 コートから覗かせた足元はベージュのブーツで可もなく不可もなく。

 もし彼女が着飾って来ようものならオレの勘は大当たりだったのだが。


「とりあえず中に入って話しましょうか。一応ね、院長さんには話は通してあるのよ。応接室を用意してくれているはずだから」


 月子様が先頭を歩き、玉様、佐々木と続く。

 オレは最後尾で病院の玄関前で一度立ち止まって建物を見上げた。


 築何十年も経っているが整備は行き届いており、真っ白で巨大な箱のようだった。

 不穏な気配はまだ感じない。視えない。

 むしろ駐車場に入り、フッと身体が解放された気がした。

 百八枚の玉様の札が埋め込まれた黒塀の中にある正武家屋敷に足を踏み入れた時の感覚に似ている。

 外周に施された結界は作用している。

 じゃあ一体病院の内部はどうなって怪奇現象が起こるというのだろう。

 内部から発生した何かがそうしているのか、佐々木の嘘なのか。


 見極めるのは玉様だが果たして何が待っているのか、オレは一抹の不安を抱えて自動ドアを潜り抜けた。



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