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こうした病院は全国各地にあり、その数は十。
限られた患者のみの受け入れで経営は出来ているのか不思議に思うだろうが、役目関連の患者の他に正武家と所縁のある政財界の人物なども利用しているため、潤沢な財源は確保されている。
そもそも経営者は正武家なのだから破産することもない。
ついでに言ってしまえば五村内の患者であれば無償で入院出来たりもする。
一族を溺愛する正武家だがその愛は村民たちにも向けられているのだった。
玉様が向かっている病院はその一つで、一番五村に近い場所に位置している。
勤めている人間はほぼ五村の出身者であり、近場なこともあり通勤に一時間掛けても気にしないような人間は通いだ。
森元町に住んでいる人間も居るが、極僅かだと聞いていた。
そしてこの病院。
役目関連の患者が入院していることから建物には昔から当主の札が何枚も網羅している。
禍と呼ばれるモノが引きつけられぬよう、そして入られないように結界の様な役割をしているのだ。
だから今回の依頼にオレは首を捻った。
当主の札は次代の玉様の札よりも効力が絶大で、ちょっとやそっとの禍じゃ入り込めない。
年に一回三月に定期点検もしているので不具合や札が消耗されていれば都度交換されている。
今年の定期点検で問題は無かった。
それ以降に問題があったとするならば、五月の神落ちの件でヤツが近くを通って札が無駄に消耗されてしまった事が考えられるが、思い出してみてもルートが違う。
こちらが把握していない禍の所為かもしれないことも勿論考えられるが、その場合札の消耗だけでは済まないだろう。
消耗するということは病院に禍が入り込もうとした証拠であり、通常のそういったモノは自分の力量以上の何かが立ち塞がっていると感じて逃げるのだ。
逃げずに札をものともせずに侵入し、怪奇現象を起こす。
そういったヤツが起こす怪奇現象は甚大な被害をもたらすはずなのに、病院からは一切正武家へ報告は上がっていない。
唯一佐々木綾からの連絡のみなのだ。
しかも内容が曖昧で、とにかく現地に来てくれの一点張り。
オレが不審に思わない理由が無かった。
森元町に入り、人気のある通りを抜け、ちょっとした森の奥にある病院が見えてきた頃。
玉様は一度降りる、と言って車を停めさせた。
鈴白より少しだけ南にあるせいか雪は少なく、寒さも酷くはない。
けれど玉様が吐き出す息は白く、オレは運転席からそれを見ていた。
一度大きく深呼吸をして前方の病院を見定めた玉様だったが、何事も無かったように車中に戻った。
「なに?」
「車内が暑すぎる」
「左様ですか。出発しても?」
「暫し待て。打ち合わせがしたい」
玉様との役目で打ち合わせをしたことが無かったオレはシートベルトを外して振り返る。
余程の事が待っているのだろうか。
言葉を待つオレと視線を合わせた玉様は、微かに眉間に皺を寄せた。
「母上が此度の役目に私を呼んだのは父上の力が衰えているのではないかという心配からだ」
「当主の力が衰えるってこと、無いだろう? 死期が近い訳じゃ……」
正武家の一族は長命ではない。
かと言って短命でもない。
跡継ぎが生まれ、系譜が繋がれることが確定していれば若くても死ぬし、逆に跡取りが出来なければ長命になる。
直近で例えれば先先代の水彦様の時代辺りは混乱期だったので、即戦力で役目にあたる為に意図的に子孫を設けるのを遅らせたと聞いている。
「……まさかだろ?」
「私もまさか、とは思う。しかし母上は酷く心配をされていてな。病院で怪奇現象が起こっているのは父上の力が弱くなっている所為ではないのかと考えられているようだ。もしそうであるならば父上に知られるわけにはいかぬと私を呼んだのだ」
「でも本人は気付くだろう?」
「前兆というのは遠く離れているところから綻びが見え始める。まだ自覚が無いのかもしれぬ……」
「マジかよ……」
自覚が無い。けれど今回病院へ出向くことは当主は知っている訳で、病院でそう云うことが起こっていると考えれば自ずと解ってしまうだろう。
自分の死期が近いのではないか、と。
「故に佐々木綾が私を呼び出す為だけに嘘を吐いているならば、それはそれで良いことなのだ。もしそうであったとしても責めてはならぬぞ」
「……了解」
オレ的には月子様や玉様の不安を煽るような事を言い出した佐々木に文句の一つも言ってやりたいが、玉様がそう言うのなら黙るしかないのだった。




