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今回の依頼はあくまでも佐々木綾ではなく、月子様が代表を務める会社からの依頼という体だったので、問題の病院には月子様と佐々木綾が待っている予定だ。
なぜ月子様から直接当主へ相談をされなかったのか疑問は残るが、当主も次代もそんな些末事より月子様が困っているという事実だけが重大な心配事で、ともかく次代が出向いてなんとかなるならば、と当主は見送り時に言っていた。
それでもオレは佐々木綾のたくらみで玉様が呼ばれたのだと根拠もなしに思う。
月子様も当主ではなく次代に頼みたいとのことだったが、オレが思うに月子様も巧妙にそうするようにと誘導されたのではと疑う。
自分でも疑り深いヤツだと思う。
だが稀人としてあらゆる可能性は考慮しておくべきだ。
玉様に佐々木綾を覚えているかと確認を取れば、覚えていると返事があった。
一から十までオレから説明しなくても玉様にはこれだけで良い。
「豹馬よ。これは役目である。思うところもあろうが、目は曇らせぬなよ」
後部座席で赤紐の鈴を手にした玉様は優しく撫でてから三度振る。
すると間を置いて鈴が揺れてもいないのに四度鳴った。
何度見て聴いても不思議な鈴だ。
玉様は赤紐の鈴を大事そうに懐へ仕舞い、目を閉じる。
上守のことを考えているのだろう。
母親も心配だが、やはり妊娠中の妻はもっと心配らしい。
あっちは一人じゃなく子どもも二人なので数で比べるなら断然妻の方が重要度が高い。
「わかってる。でもオレはどうしても腑に落ちないんだよ。これから行く病院で怪奇現象なんて起きないって玉様も承知しているだろう?」
「それは承知している」
「なのに佐々木綾は怪奇現象が起こると言う。本当に怪奇現象が起こっているのか、それとも嘘を口実にして玉様を呼び出したのか。どっちかだと思うぜ」
信号で車を停止させれば、玉様は後ろで大きく伸びをした。
「どちらでも構わぬ。母上を助けられるのであれば」
「もし嘘だったとしたら解決は無理じゃないか? 何もないと言ってもそれでも怪奇現象が起こると言われれば調べない訳にもいかないだろう?」
「調査する必要などない。我らは病院へ行き、確認をし、それで終いだ。それ以上何もすることは無い」
「しかしなぁ……」
「ここでどうこう考えても仕方あるまい。直に感じれば何がどうなっているのか一目瞭然であろう」
「そうだけどよ」
信号が青になり、車を発進させる。
これから向かう病院は五村から車で一時間ほど。
森元町という小さな町にある私立の大きな病院だ。
町立の総合病院よりも遥かに巨大で立派な病院は基本的に外来は受け付けていない。
紹介状がなければ受付や診察すらしてもらえず、町立の総合病院へと案内される。
総合病院で手に負えない患者や夜間救急の患者は受け入れてはいるが、処置が済み次第総合病院へ転院させられる。
このシステムを守り、尚且つ森元町に多額の税金を納めることにより、私立病院は過剰な干渉を受けずに存続していた。
町からすれば税収の一つであるし、町民からすれば総合病院の他に普段はお世話になれないがいざとなったら受け入れてくれる設備の整った病院があるというのは悪いことではない。
どんな患者が入院していて、どんな人間が働いているのかあまり知らなくても、だ。




