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山道を下り、ぼすんと背凭れに寄りかかった玉様とミラー越しに目が合う。
「クリスマスだけど。上守、大丈夫なのか」
「ん? 特に何も言ってはいなかったが。体調があまり優れぬのでそれどころではなかったのだろうな」
「違う意味で大丈夫なのか?」
「竹の見立てでは。産み月まではまだ二か月ほどあるゆえ、大丈夫であろう」
「大丈夫って言ってもなぁ……」
オレは上守の姿を思い出して、戦慄した。
ほんの数週間前までは本当に双子が入っているのかと疑問に思うくらいただふっくらしているだけだったのに、今では服の上からでもはっきりと分かり過ぎた。
手足は普通の太さなのに腹だけが異様なのだ。
異様と言っては妊婦に失礼だが、男のオレにとっては未知過ぎる身体の変化で恐怖しかない。
良く知っている上守がそうなったのだからオレの恐怖心は倍増だった。
オレが途切れさせた言葉の先を思った玉様は、ここ最近は自分もそう思う、と窓の外へと目を向けた。
去年よりマシな雪の降り方だったが鈴白村はすっかり雪化粧を終えて、年末年始感が増している。
「毎夜腹に薬を塗ってやるのだが、元に戻るのか。伸びた皮膚がそのままになるのではないかと心配だ。それ以前に張り裂けそうなのだ。あれ以上大きくなると命に関わると俺は思うが竹は心配ないと言うし、比和子もネットで調べれば双子ならばこれくらいはまだ小さい方だと言うのだ。豹馬、あれ以上まだ大きくなるのだぞ。信じられるか?」
「信じるしかないんだろうが……。確かに大きくなりすぎると上守の身体じゃしんどいだろうな。起き上がるのも」
「そうなのだ。靴下も履けぬのだぞ。脱ぐのは自分で足先を捩らせてできるのだが」
「へぇ。そりゃあ上守も大変だろうな」
トイレとかどうしてるんだろうと思ったが玉様に聞けば答えてはくれるだろうけど、あまり聞きたくもない。
亜由美も早く子どもを授かりたいと言っているがそういう身体の変化や身の回りのあれこれが大変になることを分かっているんだろうか。
ただ可愛い我が子を産みたい育てたいだけじゃなくて、それ以上に大変なことが十数年も続くって分かっているのか。
しかも出産は命懸けの大仕事だ。
世の母親たちは大仕事を成し遂げて母親という称号を手に入れているが、オレは命を懸けるくらいなら子どもは、と思ってしまう。
まだ見ぬ子どもより、今居る亜由美が生きていることが一番大切なんだよな。
そんなことを考えつつ鈴白村を出れば、玉様は窓の外から目を外して背後から運転席を蹴った。
「なんだよ」
「いつだ」
「なにがだよ」
「弓場の予定日だ」
「ああっ!?」
驚き振り返れば玉様もギョッとして前を向けと再び座席を強く蹴る。
予定日? 予定日!?
「数日前に弓場に会ったが懐妊しただろう? 顔が穏やかだった」
なんだよ。そんなことか。
てっきりこの前屋敷に遊びに来た時に上守にこっそり話したのかと思ったがそうではないらしい。
もしデキたなら一番にオレに言うはずだ。
無意識に滲んだ手の汗をハンドルに感じ、けれど直ぐ様引いていく。
先月、月のものは来ていた。
今月はあと一週間後くらいだ。
検査薬を使うのはそのあとだから妊娠がそんなにすぐ分かるはずもない。
「デキてねぇよ?」
「そんなはずはあるまい。授かっているぞ。絶対。天地神明に誓ってもよい」
「嘘だろ!?」
玉様は基本的に冗談は言わない。
そんな玉様が天地神明に誓うとまで言い切り、オレは無駄に心臓がどくどくした。
デキた? 嘘だろ、いつだよ。
「直近はいつだ」
「はっ? 直近? いつぅ? 馬鹿、そんなこと言えるか」
自分でもかなり動揺しているのは分かっている。
直近って……。
「先々週の末くらい?」
言えるかと言いつつ答えたオレに玉様は至極真面目に頷いた。
「その時であろうな。まだ自覚は無いのか」
「あるかそんなもん! 上守と一緒にするな。普通はな、月のものが遅れて初めてわかるものなんだぞ」
上守の懐妊が確実だと判明した後、オレたちは何度も一喜一憂二憂三憂していた。
今月も駄目だったーと宝くじが外れた時のように肩を落とす亜由美を何回慰めたことか。
「しかし授かったと俺は感じた。まず間違いはあるまいて。豹馬も父親か。感慨深い」
「……」
まるで先輩パパのような玉様の口ぶりにオレは閉口する道を選んだ。




