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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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3


「澄彦さんもあぁ言ってるから書いたら?」


 玉彦に促すとそっと箸を置いて立ち上がり、食器を片付ける。ついでに食べ終わっていた私のも。


「では今から書いてくる。比和子はここで父上とゆるりとしていろ」


「え? 私も戻るわよ?」


「来なくていい」


「はあっ?」


 三人分の洗い物を終えた玉彦は手を拭った布巾をきっちりと広げて干し、私に絶対に戻ってくるなと釘を刺して姿を消す。


「あれは何か後ろ暗い事があるな」


「そうですね」


 そう言って私は袂に手を入れてスマホを取り出すと素早く豹馬くんにメールを打った。


















『おはようございます。クリスマスのお役目、何があったの?』


 寝坊した朝一番、スマホに届いたメッセージを確認したオレはそのまま枕に突っ伏した。

 朝から面倒クセェことになっているらしい正武家屋敷を思い、どっと疲れが出る。


『玉様に聞けよ』


 それだけ送って電源を落とした。

 今日から四日間はオフの日だ。

 役目がどうのと考えたくない。というか、正武家一家に巻き込まれたくない。


「豹馬くん? どうしたん? もう起きないと朝ご飯下げられちゃうんよ?」


「別にいい。無かったらラーメン作って食うから」


「またそんなこと言って~。ほら起きて起きて」


 言葉は優しいがオレを両手で布団の上から押し退けた亜由美は手際よく布団を畳む。

 よっこらせと持ち上げようとした時、オレは布団の上に手を置いて持ち上げられないようにした。


「ちょっとー。邪魔よー」


「オレが、やるから。あっちで休んでろって」


「二度寝したらいかんからね?」


「わかった」


 休んでろと言ってもここには舅姑がいるから亜由美の性格上、こまごまと走り回るだろう。

 年末年始は御門森の分家たちが集まるから本家の人間は彼らに一切の雑事を任せてゆっくりしていればいいのにだ。

 パタパタと部屋から出て行く亜由美を見送り、オレは一人呟く。


「玉様の見立ては当たってるのか……?」






 クリスマスイブ。


 前日鈴木たち一行が予定通り緑林村入りした一報を受けて玉様が色々と対策を練っていたが、イブの朝になって全てが白紙になった。

 鈴木たちが帰ったのではなく、次代の玉様に急ぎの役目が舞い込んだからだ。

 通常役目は離れの事務所に予約を入れてから依頼者が屋敷へと来る流れだが、今回の役目は玉様のスマホに直接連絡があり、イレギュラーな依頼にオレは嫌な予感しかしなかった。


 イレギュラーな依頼だから、ではない。

 依頼者に嫌な感じがしたのだ。

 不穏な何かを感じるならまだ良い。

 そういった依頼をしてくるくらいなら不穏な気配の一つや二つ纏っているだろう。

 むしろそっちの方が安心する。


 しかし玉様のスマホに連絡をして来たのは若い女で、しかも当主が離縁した女性、つまりは玉様の母親の月子様の職場の人間で、酷く曖昧な依頼内容にオレは胡散臭さしか感じなかった。


 月子様は現在、当主が設立した会社で働いており、医療関係の仕事をしている。

 中でもクリニクラウンという病床の子どもたちの元を訪れて元気付けるピエロの育成に最近は力を入れているそうだ。

 本来会社は正武家の息が掛かった病院の裏仕事を取り纏める役割だったが、それだけだと世間的にも怪しい会社と思われてしまうので表の仕事を始めたわけだ。


 今回連絡をしてきた人物は会社の裏事情も知っている人間で、名前を佐々木綾という。

 佐々木は入社五年目でオレよりも年は二つ上だ。

 玉様が大学生になって二十歳を過ぎた頃、月子様の会社に新卒で入社してきた。


 どうしてオレが佐々木について詳しく知っているのかというと、本人に聞いたから。

 玉様が月子様と村外で会うようになってからある日のこと。

 たまたま待ち合わせ場所に玉様と居たオレは、親子が落ち合って楽しそうに歩いていく後ろ姿を見送っているとその二人を隠れながら付けて行こうとする女を見かけて、声を掛けたのだ。


 それが佐々木綾だった。



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