第十四章『玉彦と豹馬のクリスマス』
十二月三十日。夜。
稀人たちをお屋敷から送り出した澄彦さんは、彼らが山道の向こうへと消えてから裏門の閂を下ろす。はずが下ろさなかった。
玉彦と頷き合ってから私に中へ入るように言った澄彦さんと玉彦は、駐車場の右手にある蔵、と言ってもほぼ物置と化している蔵に向かう。
なんだろな、と思って玄関に上がって待っていたら、二人は大きな段ボール箱を抱えて戻って来た。
ぴったりとガムテープで閉じられた箱はそれなりに重そうで、床に置くとドンッと音がする。
草履を脱いで濡れてしまった足元に顔を顰めていた玉彦を無言で見ると、段ボール箱に手をやり、でも開けない。
「それ、何? 年越しに関係あるの?」
「家中の間を改築する」
「改築ぅ?」
家中の間とは当主次代の母屋の真ん中にある隠された一部屋で、年末年始はそこで過ごすことがお約束となっている。
正武家家人以外は立ち入らない部屋で、しかも稀人たちにですら秘匿されている部屋だ。
なので玉彦が言うように改築が必要な場合は誰の手も借りずに自分たちで行わなくてはならない。
「え、広げるの? そんなこと出来ないよね?」
もう一度段ボール箱を見れば、大掛かりな改築をするには道具や材料が少なさ過ぎるし、私は言葉足らずな玉彦から澄彦さんへと視線を移した。
「澄彦さん?」
「改築っていうか、今回やっておかないと来年は厳しいからさ。家中の間で子どもたちが動き回っても大丈夫なように緩衝材をね」
玉彦が赤ちゃんの時も道彦と家中の間をカスタマイズしたのだと澄彦さんは思い出し、笑みを浮かべた。
「来年の年末でも良かったんだけど、一人ならともかく二人だからね。ただでさえ赤ちゃんってやつは予想だにしない動きをするから作業もままならないだろうし今回の正月で仕上げてしまおうと思ったんだ。ていう訳で今年のかまくら作りは諦めるように」
「承知している」
毎年中庭にかまくらを作るのが暇潰しのお決まりとなっていた玉彦だったが、今回は生まれてくる子どもたちの為に納得して諦めた様だ。
離れの外廊下を通り、突き当たりに段ボール箱を積み上げ、私たちはそれぞれの母屋へと戻る。
家中の間に足を踏み入れるのは三十一日なので、今夜はいつもの部屋で休むことになる。
玉彦に手を引かれて部屋に戻る途中、以前の玉彦の私室の前で道彦を思い、今年も色々とあったなぁと感慨深く思う。
学生の時は学校がメインで、玉彦が大学で鈴白を離れていた時は色々とあったことはあったが、それでも結婚してからずっと一緒にいる期間と比べれば穏やかだった。
去年今年と怒涛のように様々な出来事があって、悲しすぎることも嬉しいこともあった。
たった二年間でこれだから、三年目の来年は子どもたちも増えて増々突拍子もない事が起こるのだろう。
果たして私は自分の寿命を全うできるのかそんな考えても仕方の無いことをふと思った。
いつもの部屋でいつものように眠りに就き、目覚めれば朝の修練をサボった玉彦の寝顔が隣にある。
相変わらず長い睫毛で髭一つない肌にそっと触れると、気怠そうに目を開けた。
久しぶりに身体の調子が良かった私は目を擦り起き上がった玉彦を尻目にさっさと着替えて、普段なら稀人たちが暖めてくれている肌寒い廊下へと出、そして洗面所へと向かう。
身支度を整えて次に向かったのは、台所である。
去年は南天さんが重箱におせち料理を用意してくれていたが、今年は重箱に加えてお酒のつまみも準備されていた。
しかも日本酒やビールなど各種取り揃えてくれている。
三人で食べたり呑んだりするには多すぎる量だったけど、南天さんや稀人たちは特に理由も尋ねてくることもなかった。
なぜなら今年一番最初の彼らのお仕事は本殿のお掃除だったから。
一応三人でお掃除はしたけれど、明らかに大人数で飲み食いしたであろう本殿と母屋の台所の惨状に何かしら思ったことはあっただろうが、そこは稀人。深く追求することは無かった。
今回の新年の幕開けも宴会になるのだろうとは思うが、なにせ本殿は底冷えするほど寒いので澄彦さんと玉彦はもし宴会するならどちらかの母屋の広間で、と相談していた。
ちなみに本殿での儀式に私は不参加と澄彦さんに通達されたので、二人の舞を観ることはできない。
ということは彼らが本殿にて舞っている最中、歴代の正武家の当主の面々が見守るのがその流れだが、私が居ない事により二人はご先祖様を視ることも不可能なのだが、とりあえず儀式が終わったら視えないけど母屋で宴会の用意がしてあるよーと声に出せば、ぞろぞろと二人の後ろに付いて来るだろうと澄彦さんは楽観的だ。




