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鼻息荒い猿助にバットを没収されて私は大人しく猩猩二匹の後ろに下がる。
次に日本人形が飛んで来たら頭を狙ってやろうと思ってたのに。
顔がひび割れているってことはその部分は陶器で出来ているはずだ。
私の代わりに鳴丸が大事そうにライトの黒い骨組み部分を握って万が一に備えて守りに入る。
猿助は私を守るというか前に出させないために視界を妨害するべく目の前で前後に揺れるので邪魔なことこの上ない。
「ではお二方、比和子様を宜しく頼みますね」
気を取り直して竜輝くんが錫杖を構えれば、日本人形が呼応するように起き上がる。
手足を動かさずに浮かんで起き上がればいいのに、日本人形は人間のようにゆっくりと手をついてよっこらせと声が聞こえてきそうな仕草で起き上がったものだから無駄に怖さ倍増である。
静電気を纏ったのか乾燥し切った髪がちりちりと舞い上がり、やっぱりどす黒いオーラを放ちながらこちらを見据え、ヤバい雰囲気満々だ。
無表情のわりに口だけは歯をむき出しにしているものだから、その違和感が増々気持ち悪い。
日本人形は一歩一歩私に向かって歩く。
周囲の者はまるっきり無視して。
そして部屋から出ようとしたその時、竜輝くんの錫杖がドンッと行く手を遮った。
「それ以上こちらへ来るつもりなら、成敗します。大人しく奥の部屋へ行ってください。そうすれば相応の手順で祓います」
相応の手順と言っても計画では奥の部屋に人形を追い立て閉じ込めて、こちらの部屋の物をある程度猩猩たちに運び出させて広い空間を確保し、そこに再び奥の部屋からこちらへ追い立ててあとは通常の祓いを行う予定だ。
それが壊して祓うのかどうするのかは決めていなかったけれど、暴れるようなら壊してから祓おうという感じだったはず。
暴れないなら優しく対応しますよってことなんだろうか。
人形としても身体を壊されて強制的に祓われるよりも、本来神社でお焚き上げされて原型を留めたまま天に召された方が気持ち的にも祟る気にはならないだろう。結局自分が抜けた後の人形は焼かれてしまうけれど。
しかし目の前に居る日本人形は私のせいが九割で、大人しく祓われてくれそうな気配はない。
対峙する竜輝くんと日本人形を固唾を飲んで見守っていると、私の邪魔をしていた猿助がごくりと喉を鳴らす。
「猿助?」
「成敗するって言ったよな?」
「うん」
「成敗するって、あれだよな。あれが出るんだよな?」
「あれ?」
「ほれ、あの坊ちゃんの。曽爺さんが得意だったやつだよ。オレも悪さした時散々やられたんだ」
「九条さんに?」
何かを恐れる猿助はぎゅっと硬く両拳を握りしめて、額に汗すら浮かべ始めた。
猿助がやらかした悪さも知りたいけれど、九条さんは一体その時猿助に何をしたのか。
私の思い出の中の九条さんは、冷静に理詰めで攻めてくるイメージだった。
淡々と物事を教え、諭し、時には褒めて叱ったり。
猿助のように理性的ではない者にすれば理詰めで来られれば恐怖だっただろうな、とは思うけど様子を見ればそうではないっぽい。
「おれはいっつも八歩目で止めてもらえた。でも坊ちゃんは成敗するって……」
「なんの話よ」
「九歩目は終わりなんだよ……。八歩目でも相当堪えるけどな……」
痛みを思い出したように猿助は顔を摩り腹を摩る。
そんな猿助から再び前を向けば、今まさに日本人形が竜輝くんの警告に従わず部屋から小さな足を踏み出した。
本当に、一瞬。
竜輝くんは錫杖を片手で払い、日本人形に一突きして身体を空中に掬い上げた。
「ひい」
ふう、みい、よ、いつ、む、なな、や。
竜輝くんは静かに数を数えながら不思議な足運びをさせて、空中の人形の右腕左腕右足左足、胴背中、最後に胸を錫杖で突き、床に叩き落とす。
「こ」
為す術なく錫杖を叩き込まれた日本人形はギギギと私に顔を向けたけれど、その横顔に錫杖が突き立てられ陶器の頭部は完全に砕け散った。
ぶわりと人形の身体から黒い靄が浮かび上がったけれど、竜輝くんが錫杖で蹴散らして霧散する。
「完了です」
竜輝くんはもう動かなくなった日本人形の胴体の帯に錫杖の切っ先を引っ掛け、ほいっと鳴丸に放り投げた。
受け取った鳴丸は落としそうになりつつもしっかりと両手で掴み直す。
「空き箱にでも入れておいてください。持ち帰ります」
「わ、わかりました」
ほうっと一呼吸した竜輝くんは姿勢を正して拍手する猿助に曖昧に笑って、それから私を見る。
なんだろう、この、玉彦が私に褒めてもらいたいような時に感じるような視線は。
「お見事! 竜輝くん」
とりあえず褒めてみたら、照れくさそうに錫杖を振ってフランス人形と対峙している高彬さんの応援へと不思議なくらい物音がしない部屋へと入る。




