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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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 話に一区切りがついたと思ったが、竜輝くんにはまだ気になることがあったようで、腰を上げて退出しようとしたエドワードの膝を押し留めた。


「玉彦様。それで例の祠は一体何なのでしょうか。澄彦様に渡された地図には緑林の他にもそういった祠が数か所ある様なのですが」


 何も祀られていない祠。


 目立たないように設置されているように思える場所にあるが、実際は現代の人間が使用しなくなった昔の道の脇にひっそりとある。

 逆説的に祠があったから車道を造ることが出来なくて段々と使われなくなってしまった、が正しい。


 私も玉彦とのお散歩で何度か目にしたことのある祠だが、玉彦は中を覗くだけで手も合わせないのでなんだろうと思った。

 なに? と聞いてもただの祠だ、としか返事が無かったので、そういうものだと思っていた。

 私もすっかりそういうものだと思えという正武家の言葉に毒されている。


 玉彦は左手で首裏を数回撫で、一旦口をへの字にさせて懐から黒扇を取り出した。


「これが最初に作られたのは戦国時代頃と聞いている」


 開いてて閉じた黒扇でぱしんと手のひらを打った玉彦に、三人の視線が集まる。


「歴代の正武家の人間で殊更偉才と語り継がれる者がいる。名は綾彦という」


 綾彦。初めて聞く名だ。


 戦国時代は今から六百五十年程前から始まり、約百五十年間続いた時代である。

 五村も多分に漏れず荒れた時代で、亜由美ちゃんのご先祖様たちが活躍した時代でもある。

 そして人的な荒れ方は言わずもがなだが、合戦で命を落とした兵達つわものたちが浮かばれずにうようよと漂っていた。

 なので正武家には様々な厄介事が持ち込まれていた。と、誰かの顛末記を玉彦は読み上げてくれた覚えがある。


「綾彦は偉才ではあるが……変わり者でもあった」


 何かを思い出したかのように眉を寄せた玉彦は、澄彦さんの母屋の方へと目を向けたので、私はよっこらせと起き上がってそちらを見た。


「澄彦さんくらいの変わり者なの?」


「顛末記から読み解き変わり者であると思うということは、実際はかなりの変わり者だったのだろうな。綾彦の前後の当主たちも綾彦に関してそう記す程であった」


 顛末記は基本的にお役目でこういうことがあったよーと記すものなので、それを読んで変わり者って思うってことは相当だと玉彦じゃなくても思うだろう。


「で、その綾彦が祠を造ったのね?」


「うむ。あれは現代で言うところの……自動……虫取り機? いや、浮遊霊捕獲機と言ったところだ」


「現代でも浮遊霊捕獲機なんてないけどね。浮遊霊ホイホイみたいな感じ?」


「そう、それだ」


 思わず私に黒扇の先を向けそうになって、玉彦は慌てて懐に仕舞う。

 しかし祠が浮遊霊ホイホイとは。

 不思議に思った私は首を捻ったが、竜輝くんはそれだけ聞いてなるほど、と頷く。


「え。もう竜輝くん、納得した感じ?」


「あ、はい。どういう細工かは理解できませんが、何も祀られていない祠は空き家みたいな状態なのだと思います。そこへ浮遊している霊的なものが勝手に収まってしまうのではないでしょうか。昔の人間は今よりも信心深かったはずですし、無意識にそこへ入ってしまうのではないかと」


「でも入ったとしてそこで成仏は出来ないわよね?」


「そうですよね。玉彦様。これは」


 水を向けられた玉彦は竜輝くんの推測に柔らかく目を細めてゆっくりと顎を引いた。

 勘が良く、知識を持ち、稀人として成長している竜輝くんを喜ばしく感じたようである。




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