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鈴木くんたちが宿泊する予定の宿はすぐに特定されて、御主人に話を通して鈴木くんのみパーティーに誘導するはずがおまけもついて来てしまったけれど結果はオーライだった。
なぜならこの時、おまけの二人が正武家屋敷へ来なかったら、佐藤宏に何かが憑りついていると南天さんが気付くことが出来なかったから。
須藤くんや多門では感じることが出来ず、澄彦さんで違和感、南天さんでようやくといった感じだったそうだ。
それからは黒駒に例の小型カメラを取り付け隠し撮りして、彼らを見守り。
家に戻って来てから制裁に気が付いて、神社かお寺、派出所へ行くだろうという澄彦さんの予想は大当たりだった。
ちなみに神主さんや住職さんには根回しが済んでいて、派出所に勤務している玉彦と私の同級生である野球青年だったいがぐり頭の渡辺くんにも通達。
五人を一つの部屋に押し込め、入り口に澄彦さんの御札を貼って渡辺巡査長のミッションは完了したのだった。
渡辺くんによると、須藤くんたちが五人を回収に来る間、ずーっと部屋の中から男の笑い声がしていて、犯罪者に遭遇するよりも怖かったらしい。
回収された五人は正武家屋敷の離れの部屋で寝かされて、澄彦さんが佐藤宏に憑りついたものを祓っておしまい。
これが今回の一件の顛末である。
この中で竜輝くんとエドワードは、まずパーティーの裏方として働き、それから高橋さん家の近隣の家の住人に根回しに走り、最後は緑林村内の祠の捜索だった。
祠の捜索は二手に分かれて行い、例の祠を確認したのはエドワードだった。
近付くのも戸惑われるくらいおどろおどろしい感じだったらしい。
私は一通り話し終えて、ふうっと息を吐く。
二人は黙って聞いていてくれたので、なかなかスムーズに話せたと思う。
竜輝くんとエドワードは顔を見合わせてから、玉彦を見る。
「それで緑林村の倒れずの木戸とは一体どのようなものなのですか?」
私たちが遭遇した巨大カメムシや鈴木くんたちが遭遇した巨大百足、そして共通する老婆。
今回の一件は解決したものの、倒れずの木戸はまだそこに在り、無くなったわけではない。
なのでこれからもまた誰かが恐怖を味わうことがあるかもしれなかった。
竜輝くんからの質問を受けた玉彦は、少しだけ目を細めて手にしていた湯呑みを置いた。
「昔、あの場所には緑林村の組屋敷があった」
「組屋敷、ですか」
組屋敷とは昔の警察、与力同心などが詰めていたところである。
「組屋敷と言ってはいたが、実際は村を取り仕切る同心の屋敷だったそうだ。老婆はそこの住人だ。木戸があのようなことになったのは夜な夜な屋敷に詰めていた者たちが暇潰しに行ったものが原因である。何だと思う?」
「酒盛りですか?」
「それだと事件が起こった場合駆け付けられぬであろう」
竜輝くんの答えに首を振った玉彦にエドワードが挙手をする。
「かくれんぼ! 鬼ごっこ!」
「違う。彼らが行っていたのは『百物語』だ」
「百物語?」
首を傾げたエドワードに竜輝くんが降霊術みたいなものだと説明をしたが、そこで蘊蓄に詳しい玉彦から訂正が入った。細かい。
「百物語とは実際に降霊させるためのものではない」
「そうなのですか?」
「うむ。度胸試しの一環だ。各々怪談を語り、二部屋離れたところにある蝋燭の火を吹き消し、鏡を見て語り部屋に戻る。蝋燭が置かれている部屋は語り部屋から見えなくなっており一人きりという恐怖心を煽り、鏡で自身の姿を見、何者にも憑りつかれていないことを確かめて皆のところへと戻る。町人も行っていたが武士であるなら怯まずできるであろうという流れだったそうだ」
へぇ~と感心した二人を見て、私も玉彦から話を聞いた時に同じように感心したことを思い出す。
ただ百個怖い話をして蝋燭の火を消すだけの簡単なお約束ではなく、その土地その土地で独自のお約束もあるそうだ。
現代とは違い、夜は電気もなく本を読むには薄明りだし、暇潰しできることは数少なかったことだろう。
だからってよりにもよってこんな土地で百物語とかよくやったものだと思う。
「百物語で一番要なのは、最後の百話目を話さないことである」
「え? 話しちゃいけないの? ですか?」
驚いたエドワードは以前の私と一緒だ。
だって最後の話を終えて蝋燭の火を吹き消した時、怪異が起こるのだ。
そこが百物語の最大の見せ場と言ってもいい。
けれど本来の百物語とはそういったものだと玉彦に説明をされたエドワードはやっぱり私と同じく納得しかねているようだった。
「だったら百物語する意味なくないです?」
「最初に言ったであろう。度胸試しだと。良く考えてみろ。そも一晩で百もの怪談を話せると実際に思うか?」
一話五分でも一時間で十二話。およそ八時間半くらいで百話。
やって出来ないことはないけど、時間もさることながら話がそんなにあるとは思えない。




