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「あらま。ここまで竹婆の声が聞こえたわ」
「かなり腹に据えかねていたようであるから、長引くであろうな」
「いいの?」
「うむ。父上や俺に説教をされても鈴木は一時反省した素振りを見せるが、身に滲みまい。ならば竹たちに任せておけば良い」
「まぁ、玉彦がそれでいいなら私は口を挿まないけど」
竜輝くんとエドワードから相談を受けて数日後。
澄彦さん預かりとなっていた緑林村の倒れずの木戸の一件は、ひとまず無事に終わったようだ。
無事と言っても良いものか疑問はあるけど、生きて帰って来られたのだから無事、ということで良いだろう。
どんだけ怖い思いをしたとしても、だ。
「あぁ、そう言えば。此度の木戸に現れたのは百足だったそうだ」
「うげっ。まぁ……百足だったら被害は殆どないから。私たちの時は散々だったもんね……」
そう、百足だったら、木戸からは出て来られないのでその大きさに驚くだけのことだ。
しかし玉彦と私と須藤くんが木戸をあれこれと精査している時に現れたのは、緑色の大きな大きなカメムシだったのだ。
ひょっこりと身体の割りに小さな頭を木戸から覗かせ、驚いた須藤くんは思わず、本当に思わず錫杖でカメムシの頭を遠慮なく殴った。
須藤くんの渾身の一撃はカメムシを追い払うことには成功したが、巨大カメムシは身体に見合う大量の悪臭を放ち、二週間程倒れずの木戸の周辺は立ち入り禁止になった。
が、話はこれで終わらない。
巨大カメムシを追い払い、木戸を閉めようとした須藤くんは中から老婆に腕を掴まれてしまって、少し離れたところに居た玉彦に助けを求めた。
老婆はもうかなりのご高齢で須藤くんも無理に引き剥がすのは気が引けた、という訳ではなく。
巨大カメムシが殴られた時、彼女は足元に居たらしく悪臭が直撃し、強烈な刺激に耐えきれなくなって、着物を脱いでいた。
巨大カメムシの後に半裸の老婆が現れ、思考が停止した須藤くんは玉彦に助けを求めたまでは良かったが、玉彦もまた半裸の老婆を前にして固まってしまい、最終的には遠くに逃げていた私が呼び戻されて、神守の眼で何とか押え込んで脱出したのだった。
もし竜輝くんやエドワードが倒れずの木戸を訪れていた場合、巨大化した虫はともかく老婆に心を折られると私は思った。
余程のことがなければ半裸で登場することはないと思うけれど、半裸になっても羞恥心が無くなっているという狂いっぷりが危ないのだ。
そんな緑林村の倒れずの木戸へ肝試しへと行った鈴木くんたちがどうなったかというと、二つの事が重なり、それなりに面倒臭いと判断した澄彦さんは、ひとまず年内のお役目を終えた後、何とかすると言っていた。
今年最後のお役目を午前中で終わらせた澄彦さんは南天さんを伴い、緑林村へと出向き、本日お休みだった玉彦は私と一緒に病院へ行っていた。
帰って来て、裏門を通れば竹婆の轟きが聞こえてきた次第である。




