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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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27


 歩くこと十数分。

 遠目に見えたこじんまりとした派出所には明りがあり、オレたちは無意識に足を早めた。

 寒いし暖を取りたいと思っていたこともあるが、何よりも自分たち以外の人間に会いたかった。

 駆け込んだ派出所にはダルマストーブの上でしゅんしゅんとやかんが湯気を吐き出していたが人気ひとけがない。


「すみません! すみませーん!」


 大声を出すと派出所の奥のガラスがはめ込まれた戸で仕切られた向こうの部屋に灯りがついて、それから若い男が顔を出した。

 寝ていた様子の男はポリポリと首を掻きつつ、Tシャツに赤いジャージという警察官らしからぬ格好でサンダルを引っ掛けてオレたちのところにやって来る。


「はいー。どうされました? 自分、巡査長の渡辺ですー」


 渡辺さんはオレたちの身形を見て、それからガタガタとパイプ椅子を広げて勧めてくれた。

 ダルマストーブを囲み人心地ついていると、うっすいお茶を出してくれる。

 受け取ってまじまじと渡辺さんを見れば、そうオレとは年が離れてないように思う。

 同じ公務員同士、勝手に親近感が沸く。


「で?」


 スチールデスクに腰掛けて、一人だけコーヒーを飲む渡辺さんはオレたちを見渡してから、エリカに目を止めた。


「高橋さんちの娘さん。禁を破って制裁中だってお達しが来てるよ。なにやらかしたの?」


 びくりと肩を揺らしたエリカはぼろぼろと泣き出してしまい、隣の安芸津は慰めるどころか冷たい視線を向ける。

 人間性ってこういう時、現れるよなぁ。

 零はおろおろとして近くにあったティッシュ箱から数枚抜き取ってエリカの手から湯呑みを取り、ティッシュを握らせた。


「倒れずの木戸に肝試し……」


 絞り出したエリカの返事に渡辺さんは片眉を上げて、それからハの字にさせた。


「日が高いときならともかく、夜はダメよ、あそこはー。お父さんから聞いてなかった?」


「聞いてました……」


「でも行っちゃった、と。しかもあんたらどこの人? 村の人間じゃないよな? のこのこ肝試しに来たの? 馬鹿だねー?」


 人良さげな笑顔から吐き出された言葉は辛辣だった。


「何があったのか聞きたくないから聞かないけど、ここに居る分には追い出さないから。朝になるまで居れば良いですよ。休むなら奥の部屋で、散らかってますけど雑魚寝なら出来るから」


 雑魚寝と聞いて何だか眠気がやって来る。

 壁に掛けられた簡素な時計を見れば既に二時を回っていて、いつもなら寝ている時間だ。

 零が大きく欠伸をするとオレも欠伸が出て、もう休もうという雰囲気が流れる。


「彼らとは別の部屋で休みたいんだけど?」


 安芸津がそう言うと渡辺さんは派出所はそんなに広くないと一蹴し、オレたち五人は奥の部屋へと入った。

 生活感の溢れる部屋は八畳くらいのワンルームで、荷物を端に置いて寝床を確保したオレたちは畳に横になる。

 暖房が効いているので掛けるものが無くても寝られそうだ。

 寒空の下、野宿をするよりは全然マシな待遇。


 五人で川の字になって寝転がり、オレ、真ん中。

 隣にはうつ伏せのアヤトとその向こうに零。

 逆側には安芸津とエリカが寝ている。


 渡辺さんはオレたちが休んだことを確認して蛍光灯の紐を引いた。

 暗くなったが彼がいる派出所の勤務スペースからの明かりがこちらに届いているので真っ暗ではない。


 明日の朝一番に、玉様屋敷に行こう。

 渡辺さんが言っていたお達しと云うのはどう考えても玉様の父さんのだろうから、エリカを連れて。

 オレたちはこのまま帰っても元の生活に戻るだけだが、エリカは緑林村で暮らさなきゃいけない。

 どうにか制裁を解いてもらって、それから……。


 考えなくてはならないことが沢山あって天井を見つめながらシミュレーションしていると、右隣りのアヤトの向こう側で寝ている零がひぃぃ~と小さく呻いた。

 そちらに目を向ければうつ伏せで寝ているアヤトの後頭部が見える。

 頭がカクカクと揺れて、酷くゆっくりとした動きで頭は上を向き、こちらを振り返った。


 うつ伏せ、なのに……。




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