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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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24


「とと様。人がいる」


 ようやく小学生に上がったくらいの少年はオレを指差し、父親を見上げた。

 え、オレがここに居たから近寄って来たんだよね?

 父親は木戸を一撫でして傷が無いことを確認してから、オレに視線を落とした。


「あぁ。随分と騒がしいと思ったら。迷惑極まりないな」


 本当に迷惑そうに細められた目の、瞳が、一瞬だけ、爬虫類のような縦長になった。

 オレはそれだけでも息が止まったが、顔立ちは純和風なのにも係わらず、水色なことにも気が付き、もう気絶したくなる。

 大百足の次は婆さんで、婆さんの次は爬虫類人間かよ……。しかも親子……。


「ほうっておくのですか」


「仲間もいるようだから遭難の心配はないだろう。……しかしこの天気か。おい、男。私の屋敷が近くにある。そこで暖を取り、朝に帰るがいいだろう。仲間も連れて付いて来い」


「え……」


「早くしろ」


 早くしろと言われても、知らない人の家に行っちゃいけないって死んだ婆ちゃんが言ってた。

 って冗談はともかく、明らかに人間じゃない親子の屋敷に招待されて、誰がほいほいと付いて行くもんか。

 それに仲間と呼ばれたあいつらもオレと同じ考えだろう。


「いやぁ、オレたちの家もすぐそこなんで、帰りますぅ……」


「家? この辺りに民家はないはずだが。それにお前、この村の人間ではないだろう? 匂いが違う」


「えーっと……」


 いつもなら苦し紛れの大嘘がつらつらと口から出てくるのに、寒さと恐怖、そして耳鳴りで頭が回らない。


「それにこのような時間にここへ来ていた理由を聞かねばならない」


 あぁ、本題はそっちなのね……。


 倒れずの木戸の前で一悶着を起こしているのを親子は遠くからでも見えていただろうし、今さら隠せるものでもない。

 ここには空き地と木戸しか無く、空き地は登って来た道のどん詰まりにあるので、木戸に用がなければ訪れる人間は皆無だろう。


 父親は暖を取れとさも優し気なことを言うが、理由を聞きながら暖を取らせてくれるだけで、理由を聞いた後に無事に屋敷とやらから帰られる保証はどこにもない。

 いやいや? そもそも? 玉様の父さんから許可を貰って来たと言っちゃっても良いんじゃないのか?


 幸い安芸津とエリカは離れているのでオレが事情を説明しても聞こえない。

 オレは上手くいくことを願いつつ、零と同様に濡れてしまったケツ擦りながら立ち上がった。


「実はですね。正武家の玉様の父さんから許可を貰って来たんです」


「……」


 一応言ってはみたが、親子は怪訝な表情を浮かべてオレを見つめた。

 そうしてオレはちょっと選択肢を間違ったんじゃないかなー、と思った。

 だって、玉様は幽霊とか妖怪とかそんなのを退治する側の人間で、目の前の親子は退治される側だ。

 もしかしたら玉様の家は恨まれている可能性だってある。

 五村と云う土地で玉様の名前は生きている人間にとっては抑止力になるが、人間じゃないものに対しては諸刃の剣だ。

 恐れて逃げて行くか、恨みを持って復讐してくるか。

 どうか前者であれ、と息を殺していると、父親がふっと目を伏せ、それから少年の頭に手を乗せた。


「次代には恩がある。当主にもそれなりに。しかしいたずらにここへ来ることは褒められない。早々に立ち去れ」


 父親はそう言うと再び子供の手を取り、背を向けて歩き出した。

 が、番傘を肩に乗せ、オレたちを見ている安芸津たちから自分の顔を隠すようにして振り返った。


「早々に立ち去り、次代に会うことを勧める」


「あ、はい」


「ひょろりと背の高い男にこの土地の者ではない何かが憑いているぞ」


「あ、はい……。ってこの土地じゃない?」


 父親は見えるはずの無い番傘の向こうに顔を向け、頷いた。


「黙っていれば通り過ぎて行ったはずの流れ者だろう。災難だな」


「流れ者……?」


 思わず皆の方を見、そして向き直るともう親子は竹林の奥へと消えていた。



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