21
押して開けるタイプの扉。
右手で手を振る零の手が離れている方の扉がゆっくりと向こう側に引かれている。
吹雪は正面から吹いていて木戸が遮っていたことから、風で扉が動いたんじゃない。
風の所為なら反対に開かなくなるはずだ。
「ぜ、零……! 後ろ! 後ろ!」
振っていた手で前を向けと指差せば、零はオレが定番の冗談を言っていると高を括ってそんなんじゃ騙されないおーとヘラヘラ笑う。
「馬鹿! 閉めろ! 閉めろって!」
扉の向こう側から何かが出てこようとしている。
零がどうなろうと自業自得だが、出てきた何かがオレを襲うなら話は別だ。
駆け出そうとした瞬間、零がようやく扉の方を向き、そしてエリカが今夜最大の悲鳴を上げた。
数十センチ開いた隙間から、太腿ほどの太さの黒いしなやかな棒が撓りながらぴょこんと出た。
長さは三メートルはあるだろう。先端へ向かうほど細くなり、上下に意思を持って動いている様に見えた。
「なんっ……。なんだありゃあ!?」
滑り落とされたエリカの懐中電灯を拾って照らせば、黒い棒は半透明で赤みを帯びていた。
……オレはアレを小さい頃見たような気がするんだが。
しかし記憶に残るアレはあんなに大きなものじゃなかったはずだ。
精々十センチくらい。大きくなれば五十センチくらいになるものもいると図鑑で読んだことがある。
体長が十センチのアレのあの部分の長さは二センチほどだろう。
とすると、扉の向こうにいるアレは……十五メートルくらい?
「んなわけあるかぁ!」
脳内会話をしていたオレはあまりの現実離れした予想に思わずツッコミが口に出て、安芸津に怪訝な視線を送られた。
ともかくだ。
あそこで尻餅をついて動けないでいる零に扉を閉めるミッションは無理だ。
ここはやっぱりオレが行って閉めてくるしかないが、隙間から触覚が出てる状態では閉められないだろう。普通に考えて。
木戸の大きさと触覚から察するにアレは大きすぎてこちらには出て来られない。と思う。
だったら開けっ放しで零だけ救出して逃げるのが一番の策だろう。助けないとは思っていたが、流石にこれはヤバすぎる。
開けっ放しのその後? そんなの玉様の父さんがどうにかしてくれるだろ!? ですよね!?
懐中電灯を手に木戸に近寄れば、オレが近付けば近付くほど扉の隙間が大きく開いていく。
片側の扉が開ききったところでオレは尻餅をついている零の襟首を掴んだ。
扉までの距離は一メートルあるかないか。
オレは半開きの扉から覗く、眼のようなものを見て、気絶したくなった。
半透明に薄赤いつるりとした質感。
伸びた触覚を辿ればその根元付近には立派な顎があった。
はい。立派な大百足様です。
……。
なんだって木戸の向こうに大百足なんているんだよ!
大百足って言っても普通は五十センチくらいだろ!?
本当にこんなに大きくてどうするんだよ! ふざけんな!
どうなってるんだよ、この木戸は!
ていうかこの大百足は木戸の向こうで何やってんの!?
え、向こうの世界は人間も大きいんデスカ!?
考えても意味の無いことばかり頭に浮かび、オレは零の襟首を掴んだまま棒立ちになった。
「カ、カズヲ……」
か細い零の声にハッと意識を取り戻し、オレは零を立ち上がらせてスタコラサッサと二人で走った。
元居た場所に戻れば、零はアヤトに抱き付き、エリカに慰められている。
木戸の向こうから触覚を出しているのは大百足で、大きさから言ってこちらには出て来られないだろうとオレが四人に言うと、安芸津は腕組みをして頬を紅潮させた。
「こんなにはっきり視えるなんてすごいわ」
確かに凄いだろうが、あの大百足は霊感があってもなくても見える妖怪タイプだとオレは思う。
木戸から触覚だけを出している大百足は体当たりをして出てこようとしているので、出来ればさっさとこの場を立ち去りたかったが、興奮した安芸津はどうせ出て来られないなら近くで見たいとオレたちを残して木戸へと向かう。
一人で行かせてもいいものか、と思うが足が竦んで動かない。
今はあの大きさだが、もし小さくなることが出来るとしたら?
ああいう類のものは何が起きてもおかしくはない。
「安芸津っ! 行くな!」
と、声を掛けてはみたものの、安芸津の歩みは止まらず、木戸の前に到着すると触覚に手を触れさせた。
「ムカデ触れる女ってどん引き……」
零がアヤトの背の陰から呟く。
ムカデを触れる以前にあんな物体を触りに行こうとする安芸津にオレはどん引きだ。
肝が据わっているのか、死にたがりなのか。
なんにせよ普通じゃないと思う。




