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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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20


 横殴りの雪は木戸に遮られいい塩梅だが、オレは木戸に背を向けて正視できなかった。

 何となく、観音開きの木戸の合わせ目から生温かい空気が漏れている気がするんだよ。


 せっかく来たんだからと零はぐるぐると木戸の周りを歩いて怪しいところが無いかと調べているが、オレたちがいる方とは反対の裏手、恐らく木戸がまだ普通に木戸として機能していたら建物の内側にあたるところも確かめ、とりあえず何も無いと納得したようだ。


 アヤトやエリカも顔を覗かせて零の行動を見ていた。

 そして安芸津はオレと並んで木戸を背にしている。

 自分はなにも感じないと言ったのに、オレが嫌だと言ったので考え込んでいるようだ。


 安芸津がエリカと同様のなんちゃって視える人だった場合。

 オレが本当に視えちゃってる人間なのかと考え。


 そして本当に視える人だった場合。

 自分は感じないのにオレが感じた理由を考えている。んだと思う。


「エリカちゃん。これって開けても異世界に行くとか無いって言ってたですよね?」


 ようやく打ち解けてきた様子の零がエリカに尋ね、彼女はこくりと頷いた。


「来たことのある人の話をまた聞きしただけだけど」


「ふーん。だったらちょっと開けてみようよ」


 とんでもないことを言い出した零に反対したのはオレだけで、多数決に押し切られた形でオレは背を向けていた木戸と向き合った。


 エリカが手にしていた懐中電灯で照らされた木戸は、扉だけ見れば年季の入った木の扉で、木戸だけじゃなければおかしいところはない。

 生温かい空気は相変わらず漏れている様に感じなくもないが、吹雪の風を遮っていることから温かく感じているだけかもしれなかった。

 ヤバいものがここに居るぞ、と分かる黒い空気はない。

 なのでオレの勘違い、なのだろうか。


 あれだけ玉様屋敷でビビりまくっていた零だったが、木戸を調べて何もないと自信を持ったのか生き生きとし始めている。

 この調子だと玉様の父さんも狐じゃなくって人間だったと勘違いを撤回して開き直り、他言無用の約束を破りそうに思う。


 観音開きの木戸は押し開けるタイプのもので、零と相棒のアヤトはそれぞれ両側に立つ。

 そしてオレは思いがけず扉の真ん前で、開けられたら正面にいる位置にいた。

 嫌な予感しかしないオレがそっと正面から逃げれば、安芸津も真似をして反対側の遠い位置に逃げた。


 アヤトの背を掴むエリカが恐々と背中越しに前を覗き、オレはごくりと唾を飲み込んだ。

 目配せをし合った二人が両手を木戸に当てる。


 すると、どんっと木戸を揺るがす程の衝撃と音が向こう側から聞こえ、安芸津を除いた四人は悲鳴を上げて木戸から離れた。


「なんだおーー!? 今の!」


 円らな瞳をキラキラさせた零はすっかりキャラを取り戻し、何もない木戸の反対側へと回った。


「やっぱりなんにもないおーー!」


 横滑りして戻って来た零は機敏な動作で扉の前に戻ると、飛びのいていたアヤトを手招きした。

 しかしアヤトは眉を顰めて顔を背ける。

 その様子にハッとした零はオレを見た。


「なんだよ。オレに変なこと求めんな!?」


「違うお。カズヲ。アヤトのノリが悪いんだ……」


「ノリが悪いって、だってお前よ……」


 中身が違う疑いがあるアヤトだが、流石に怪奇現象を前にしてノリが悪いからやっぱりアヤトじゃないと思われてもそれは判断材料にしちゃいかんと思う。

 だって中身が違っていても怖いものは怖いだろう。それに本物のアヤトだって怖がったかもしれんしな。


 一度目は二人で開けようとしたものの、二度目はアヤトが無言で拒否をしたので零は一人で扉の前に立った。


 このおとこつわものだ。


 零を木戸前に残し、オレたちは吹雪に晒されながらさっきよりも離れて後方から眺める。

 離れすぎていて零に何かあった場合、誰も助けることが出来ない距離である。

 そもそも止めとけと言ったオレは助ける気が無い。

 エリカはやっぱり危ない場所だったんだ、と顔面蒼白で呟き、安芸津は何を考えているのか無表情。

 そしてアヤトは眉間に皺を寄せたままだ。


 零が再び両手を扉に当てて、オレたちを振り返った。

 脂がのった満面の笑顔だ。


 唯一反応するオレに手を振る零に応えて振り返し、オレの苦笑いは凍った。




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