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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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 アヤトをそのまま後ろに居させて振り返っていなくなってたじゃシャレにならんので、オレはそれとなくエリカと並ばせて前を歩かせることにした。

 出来るだけ視界においておけば不測の事態に備えられる。


 オレの行動に素直に従ったアヤトは今のところ怪しいところはなく、そして疑惑を持っていた零はあえて何も言わず、何かを感じている様子の安芸津もそれが良いとオレに同意してくれた。

 エリカはアヤトに薄気味悪さを感じているようだが、それは見た目から判断したもので不可思議な何かを感じてというわけでは無さそうだった。


 ぶっちゃけたぶん、この五人の中で視えちゃう人間はオレと安芸津だけなんじゃないかと思うんだよな。

 罰当たりなことをしでかした野郎二人は論外で、エリカについては昨日から一緒だったはずの安芸津の態度を見れば予想は出来る。


 エリカは……普通の子。

 どうやら安芸津は他人が自分と同類かどうかを見分ける術を持っていて、零やエリカは彼女曰く無能で興味なし、アヤトは良く解らんが何かありそうくらいな感じか。

 安芸津は同類の人間と話をするのを楽しみにしていたのに、蓋を開けて見ればエリカは普通の人間で肩透かしを喰らってあの態度だったんだろう。

 嘘を見抜いた人間と見抜かれた人間が過ごす一夜は色んな意味で地獄だっただろうに。

 オレは前を歩く若いエリカの背に哀愁すら感じた。



 オレたち五人はほとんど会話を交わさないまま目的地を目指して歩き、道路から車は通れないほどの細道へと入った。

 細道はなだらかな上り坂になっており、薄く降り積もった雪の上に落ち葉が氷漬けになっている。

 上り坂には前を歩く二人以外の足跡はなく、少なくとも雪が降ってからは誰も細道を通ってはいないことが分かる。

 まぁ、普段から行ってはいけないと言われている場所だから、好き好んで行く奴もいなかったんだろう。


 坂は右へ左へとつづら折りになっており、想像以上に距離がある様に感じた。

 そうしてようやく、オレたちは目的地の『緑林村の倒れずの木戸』に到着した。


 坂を上り切り、数メートル先に木戸は立っていた。

 木戸の向こう側は真っ暗闇で、本来あるはずの空き地はここからは見えない。

 建物の入り口であるはずの木戸だけがぽつんとある非日常の光景は、オレにとあることを思い出させた。

 蓑虫婆さんに連れて行かれた誰も存在しない異世界。


 ぐらりと眩暈を感じて、隣の零の肩を思わず掴んだ。


「カズヲ?」


「あ、ごめん。ちょっと嫌なこと思い出しただけ」


 厚い零の肩から手を離す。手には零の高い体温が残っていた。ダウンジャケットの上からなのに熱い男である。


 この場で蓑虫婆さんを思い出したってことは無意識に危険な場所だぞーってオレは判断したのだろう。


 横並びになっていたオレたちは誰ともなく顔を見合わせ、最初の一歩を目配せをして譲り合った。

 不穏なことを感じられない人間でも、異様なシチュエーションにある木戸は気持ち悪い。

 玉様屋敷で忠告を受けなければ零が率先して突撃したのだろうが、狐の妖怪が絡んでいると思い込んでいる零にとってアヤトのこともあり、自分がヤバいことに首を突っ込んでいると自覚があって動こうとはしなかった。


 エリカとアヤトは何を考えているのか微動だにしないし、オレは安芸津をちらりと窺う。

 他人を同類と見抜く力、そしてアヤトをおかしいと思う力。

 それはオレよりも一段高い力であることは確かで、きっとこの場で一番木戸のヤバさを身に感じているはずだ。

 そう思って隣に顔を向ければ、安芸津は目を細めてそれから溜息を吐いた。


「危険なモノは感じないわ。ハズレね」


 そんなはずはないだろう!?


 危険だとオレの中では最大限に警鐘がなっているのに、安芸津は感じないのか。

 彼女は本当に本物なのだろうかと今さらオレは疑いを持った。

 如何にも視える風を装っているだけで、エリカたちが視えないことはただ当てずっぽうで言い当ててしまっただけなんじゃないだろうか。

 ちょっと勘が鋭いだけで。

 となると、この場で視えちゃうオレだけが一番怖い目に遭いそうな気がするのだが……。


「どうするの? 一応検分だけでもしておく?」


 安芸津はオレに訊ねた。

 貴方も感じないでしょう? と暗に同意を求められているようで、オレは横に首を振った。


「止めておいた方が良いとオレは思う。オレは嫌な感じがする」


 嫌な感じがして当たり前。だって玉様の父さんが入っちゃいけないよ、と禁じていることから絶対に『出る』ところなんだ。

 玉様か誰かが一緒に居て絶対に安全圏だったら試してみたいが、残念ながら一緒に居るのは普通の人間。

 三十六計逃げるに如かずの思いで後ろに下がると、これまで寒いが重たいだけだった夜空から雪が横殴りに吹雪始め、オレたちは駆け出したアヤトに釣られて走り出し、あろうことか倒れずの木戸の軒下に駆け込んだ。




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