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「オレ、出掛ける準備してくるわ」
なんだか居心地が悪く、自分の部屋に一旦戻ろうとすれば、零もトイレと言ってアヤトを残して部屋を出た。
隣の自分の部屋のドアを開けるとトイレに行くと言っていた零がぴったりと背後にくっつく。
「なんだよ?」
「いいから、いいから。中に入って」
「はぁ?」
オレの背中をぐいぐい押して自分も入って来た零は、廊下を確認してからドアを閉めた。
そしてゆっくりと振り返り、額に浮かんでいた汗を手のひらで拭う。
「オレのとこに便所ねぇよ?」
「わかっているよ。ちょっと聞いてよ、カズヲ。おいらの話」
「だったらアヤトも」
「ダメ! ダメ! アヤトの話なんだから!」
「アヤトの?」
さっきのサイコパスっぽい反応をしていたアヤトを思い出し、オレは壁に寄りかかった。
幼馴染の零でさえちょっと引いてたもんな。
今さら取り扱い方法について教えてくれるんだろうか。
勝手に部屋のテレビをつけて音量を上げた零は、隣の部屋の壁から一番遠くの端に移動した。
そしてオレを手招きする。
「なんだよ」
「聞かれちゃ不味いから」
「アヤトに?」
頷いた零は声を殊更に小さくさせた。
「アイツ、アヤトじゃないとおいら思うんだ」
ぞわぞわと足先から寒気が駆け上がった。
冗談にしては笑えない。
幼馴染の零が違うと思うほど今のアヤトの様子が変なのだろうが、今このタイミングで言うか!?
「アヤトじゃないってどういうことだよ」
できるだけ平静を装うがオレの声は震えていた。
聞きたいけど聞きたくない。
「いひひって笑ったの、聞いたことないんだお」
「……それだけ?」
「あとはうつ伏せで寝るのに仰向けで寝てたお」
「……あとは」
「いつも右足から靴下を履くのに左だったお」
段々と聞いていて馬鹿らしくなってきた。
笑い方はどこかで仕入れてキャラ変したんだろうし、寝相なんて日々変わる。
それに靴下なんてどっちからだっていいだろう。
「あのなぁ、それだけで違うって根拠がないのと一緒なんだぜ」
「箸……」
「はし?」
「箸を持つ手が左じゃなくて、右だったんだ……」
ふざけていた言葉遣いから素に戻った話し方になった零にオレは二重で動揺した。
「両利き、なんじゃないの?」
「ちっちゃい頃から左なんだよ。どう思う、カズヲ。おかしいと思わないか?」
「思うけど……思うけど」
突然利き手が変わることなんてあり得るんだろうか。
こういうタイミングの場合、アヤトに何かが憑りついてるってパターンだがオレには『視えていなかった』。
玉様屋敷に行ったのに『誰もおかしいと反応しなかった』。
あれだけ不可思議なことに関してエキスパートが揃っていたのに、だ。
だったら導き出される答えは一つだけ。
オレは大袈裟に息を吐き出し、緊張の面持ちの零の両肩に手を乗せた。
「二重人格だ」
「違うよ、馬鹿。カズヲ。どんだけアヤトと一緒に居ると思ってんだ。二重人格なわけあるもんか!」
「でもそうとしか説明できないだろうがよ」
せっかくオレが答えを導き出したのに零は不服を口にする。
ネットで得た知識だが、二重人格の場合利き手も性別も変わることがある。
性格は言わずもがなだ。
オレがそう言うと、零は疑問を投げかけた。




