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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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 個人情報をつらつらと読み上げて、それから黙っていた玉様の父さんは誰かを待っていたようで、オレの背後の襖が開けられると現れた人物に声を掛けて、オレの隣に座らせた。


 どんっとした存在感に目を向ければ作業着の中年のおじさんで、首に巻いていたタオルを外して両手に握り締め、腿に乗せた。

 険しい表情で前を見据え、そして頭を下げたおじさんの指先は細かく震えていた。


「上げよ。なにもそう恐れることはない。このようなことは五村の子らによくあることである。此度は村外の者たちを巻き込んだだけのこと。父が不在という機会に悪だくみをするのは私にも身に覚えがある」


 話が全く見えず、思わず右手の須藤を見たが目を伏せていて合うことは無かった。

 おじさんは玉様の父さんに再び頭を下げて、それからオレたち三人に向き合うと再び頭を下げた。

 下げられるようなことをされた覚えのないオレは驚き、肩に手を置いて頭を上げてもらった。


「娘が、とんでもないことを。皆さんを巻き込んでしまって」


「娘……」


「高橋絵梨の父です。本当に申し訳ない」


「あぁ……、エリカの……」


 互いに何者であるかを認識すると、玉様の父さんがパチリと手にしていたオシャレな黒い扇を閉じた。

 音がするとそちらを見てしまうのは本能だ。

 玉様の父さんはこちらを見渡して、にんまりと場にそぐわない笑みを浮かべた。


「さて、この澄彦。土地の所有者として訴えることも可能だが、せっかくこの五村へと旅行へ来た者たちにそのようなことをするのも忍びないとも思う。そこで一切の事を不問とし、『色々と』楽しんでもらおうと思うのだが。ただし条件がある。以後、五村について他言無用のこと。もし約束を反故にすれば、それ相応の報いは受けてもらう。どうであろうか」


 どうだと聞かれたって、拒否権なんかあるはずもなく、隣で三度頭を下げたおじさんに釣られてオレも平伏すと、零もアヤトも続いた。

 さっき須藤に食って掛かっていた零だったが、当主の間という雰囲気に飲まれて、そして玉様の父さんの一癖も二癖もありそうな感じに逆らう気も起きなかったようだ。


「……狐。狐に喰われる……」


 零の呟きを聞いて、オレの予想は大分外れていたと知る。

 玉様の父さんは間違いなく人間だと思うのだが、勘違いさせていた方が他言無用の約束を守りそうだな、とオレは思った。



 それから、だ。


 エリカの父さんは玉様の屋敷で仕事があるらしく早々に去り、オレたち三人は南天さんという竜輝の父さんに送られて宿へと帰った。

 今日、正武家屋敷を訪れたことは安芸津にもエリカにも言ってはならない、と念を押されて。


 宿に足を踏み入れると、御主人が出迎えてくれたがどこかよそよそしく、罰が悪い。

 きっとさっきの催し会場からオレたちが須藤と多門に連行されたことを伝え聞いたのだろう。

 朝ご飯を食べて、それから出掛けて、昼飯時に玉様の屋敷に居たので昼飯は抜きとなっていたオレは、夕食は一人で部屋で食べた。


 孤独だ。


 須藤や多門と旧知の仲だったと知った零とアヤトはオレを最大限に警戒して部屋には来なかったが、安芸津たちとの合流時間が近付き、否応なしに零の部屋に集合する羽目になった。

 互いに顔を見合わせて、オレは二人に何もかも白状した。

 最初から五村という土地を知っていて、そこに大学時代の友達が住んでいることなどだ。

 玉様の家の事については出来るだけ話さず。

 でも不可思議なことがあり得る土地で、オカルト好きなオレは須藤たち、友達に黙ってここへ来たことも。

 すると零はオレが仕組んだことではないと何度も肩を叩いて、座椅子に腰を下ろした。


「カズヲに対する彼らの態度を見れば、なんとなくわかっていたよ。自分たちが人間に溶け込むために利用されてたってことだろう」


「そうだよね。仲間だったら、ここに戻されるわけないもんね」


 何となく二人に同情され、仲間扱いを受けたオレは複雑な気持ち。


「狐の親玉に他言無用って約束させられたからおいらは守ろうと思うんだ。アヤトもカズヲも良いよな?」


 既に本名はバレているのに太郎は自分を零で通し、そして宏はアヤトで通すようだ。


 零の再確認に頷き、そういえば安芸津とエリカはどうなんだろう、という話になった。

 彼女たちは約束を交わしていない。

 あーだこーだと話していると、アヤトが不意にいひひと気味の悪い声を上げる。


「もしかして二人は約束をする必要、ないんじゃない?」


「どういうことだってばよ?」


 オレが眉を顰めると、アヤトはまたいひひと笑う。


「ここから生きて出られるなら話さないように約束必要だけど、死ぬなら約束の必要、無いよね。死人に口無し。いひひ」


 人が死ぬことの何が楽しいのか笑い続けるアヤトに、幼馴染の零でさえ顔を顰めて不快感を表していた。



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