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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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14


 何度か訪れたことのある玉様屋敷でオレたちが向かっているのは『当主の間』だと先導する須藤が教えてくれた。

 玉様や玉様の父さんが仕事をする座敷だ。


 暖房器具が一切無く、広々とした和室は底冷えしており、オレと零とアヤトは座敷のど真ん中に正座させられ、平伏しておくようにと多門に言われた通りに手をついて畳と睨めっこをしていた。

 オレは前にもここへ案内されたことがあってこれから何が起こるのか大体予想は出来ていたが、未だ縄を掛けられたままで頭だけ下げている零とアヤトは顔を左右に向けて周囲を確認していた。


 しばらくして遠くから足音が聞こえ、数人が座敷に入って来たことがわかる。

 衣擦れの囁かな音が耳に届くくらい、当主の間は静まり返っている。


「上げよ。正武家澄彦である」


 柔らかな男の声、これは玉様の父さん。

 若作りが功を奏しているのか、見た目は玉様の年の離れた兄と言われても不思議じゃないほどの中年。


 おずおずと顔を上げたオレに続き、隣の二人も身体を起こした。

 零は圧迫されていた腹が解放されてふうっと大きく息を吐き出した。


 改めて座敷を見渡せば、正面に玉様の父さん、前に包丁を研いでいた竜輝の父さん。

 右に須藤、左に多門と巫女装束の女性が凛と座っていた。

 そこにオレがよく知る玉様や比和子ちゃんは居なかった。


 なんだかんだ言ってもいつも味方でいてくれた玉様や、この中では普通の感覚でオレに同情を寄せてくれる比和子ちゃんが不在なことに、見捨てられた感が溢れる。

 須藤は玉様は仕事で村外に出ていると言っていたが、本当は情状酌量を訴える二人がこの席から外されてしまったんじゃないかと後ろめたさが勝るオレは思った。


「鈴木和夫」


「はっ、はい!」


 背筋をピーンと伸ばして返事をすると、玉様の父さんは手元の紙に目を落とした。


「鈴木和夫。公務員。此度の件に最後に参加した者」


「……? はい」


「山田太郎。無職。此度の件に三番目に参加した者」


 返事の代わりに身体を揺すったのは零だった。


「佐藤(ひろし)。派遣社員。此度の件に四番目に参加した者。以上で相違ないな?」


 鈴木に山田に佐藤。和夫に太郎に宏。

 ありきたりな名前の羅列に普段なら笑い始めてしまうオレだが、まったく笑えなかった。

 オレはともかく、零やアヤトが本名、仕事まで身バレしている。

 どこまで調べたのか、玉様の父さんはその後、三人のこれまでの人生の履歴書を個人情報お構いなしで読み上げた。


 三人の二十年そこそこの人生は三十分ほどで語り終えられ、玉様の父さんはぽいっと手にしていた紙を畳に捨てる。

 しょうもない人生だと言われているようだった。


「貴様たちの素性は既に把握している。他に田中明子、此度の件に二番目に参加した者がおり、そして一件を企てた高橋絵梨」


 安芸津のハンドルネームは本名の明子からもじったものだったんだな。

 エリカは一文字付け足しただけ。


 ハンドルネームで呼び合い、互いを認識していたオレは本名を聞かされて、ぐっと現実に引き戻された気がした。

 零もアヤトも同じだったようで、戸惑いの表情を濃くさせている。


 心霊スポット探訪という非現実的な出来事、ネットという自分を偽れる場所で、好きなように作り上げた人物像を演じていたオレたち。

 調子に乗って集まって、突撃をかまそうとしていたが、無敵じゃなかった。忘れてた。

 どんなに粋がっても食べなきゃ死ぬし、食ってくためには仕事をして金を稼がなきゃいけない。

 金を稼ぐということは働くということで、犯罪を犯せば働き口さえ限られ、そして途端に人生はハードモードになる。

 犯罪で済めばまだやり直しが出来ないことも無いが、オレたちが行こうとしていたところは人知を超えたヤバいところで、最悪人生終わる。死ぬ。


 オレはここでようやく、やっぱり玉様にすぐにでも連絡をするべきだったと後悔をした。

 不可思議なことがこの世にあるのだと身に染みているオレはそういった二つの破滅への道を思い浮かべたが、隣の二人は犯罪という人生を壊してしまうかもしれない可能性に身震いしていた。

 一から十まで個人情報を握られ、不法侵入、未遂。


 ……そう、未遂なんだよな。

 ここが玉様の父さんの話の持っていき方のずるいところなんだよな。

 未遂だから警察なら厳重注意で終わるはずなのに、さも犯罪である! と断じる勢い。

 この場の雰囲気に飲まれそうだったけど、オレたちはまだ犯罪は犯しちゃいない。


 でもそんなことまで頭が回らない隣の二人はテンパって冷たい汗を額から流していた。

 ここでオレが揚げ足をとって反論するのは簡単だが、黙っているのが吉なんだぜ。

 なぜならオレは学んでいる。

 五村と呼ばれるこの土地で、常識は通用しないって。

 それに須藤、怒ってたしな。


 これ以上友情に罅を入れる訳にはいかんのですよ……。



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