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どこからか鳴り出した誰かの着信音に振り返っても、おばさんたちは自分たちのスマホをチラリと確かめてエプロンにしまっている。
ん? ん?
きょろきょろしていると、スマホから須藤の声が流れた。
『鈴木?』
「あっ。おはよー、須藤。今、時間あるか?」
『時間はあるけど、あんまり声を出せないんだよ』
「どういう状況だよっ。まぁいいや。あのな、実はな」
『あっ。ごめん。鈴木。見付かった。また後で掛け直すから』
オレと会話をするといつも誰かに呼ばれてしまう須藤。
運命はオレたちの邪魔をしたいらしい。
このおばさんたちに紛れていれば零は来ないだろうから、ゆっくりメールを打てると判断したオレだったが、どんっと背中を小突かれて一歩体勢を崩した。
たまたまぶつかってしまった感じじゃなく、明確にド突く意思を感じて振り返ると、そこには紺のパンツスーツをピシッと着こなしたオレよりも若そうな女の子が腰に手を当てて仁王立ちしていた。
うおおおおおっ。
久しぶりにお目に掛かるレベルの美女に心の中で雄叫びを上げてしまった。
イッツクールビューティー! ……でもどっかで見たことあるんだよなぁ……?
「こんなところで邪魔ですよ。男の人はあっちに……って、あなた……」
オレの顔をまじまじと覗き込んだ美女はチッと舌打ちをして鼻の上に皺をこさえた。
「とにかくここは来客が来るところじゃないですから。あっちへ行って下さい」
強制的に玄関まで美女に連行されて家から追い出されたオレは、庭に戻る気にもなれず、どこか隠れてメールを打てる場所をキョロキョロと探す。
庭は相変わらずの人だかりで、大きな輪が二つ出来ていた。
その輪の一番外側に零とアヤトの背中を見付け、オレはこそこそと玄関の陰に隠れる。
さっさと須藤にメールをして、ご飯も食べてせっかくの出会いがありそうなイベントを楽しむべく、オレはその場にしゃがみ込んだ。
すると目の前にどーんと黒い塊が現れて、尻尾を揺らす。
突然の登場にオレは雪の上に尻餅をついた。
「あれ? ……お前、なんだっけ? くろ、あーっと黒駒!?」
名前を呼ばれた黒い狼の様な犬は増々激しく尻尾を振り、左右に飛び跳ねた。
黒駒は玉様のお付きの多門という年下の男の飼い犬だ。
身体が大きいと脳ミソもデカいのかすごく頭が良いらしい。
鈴白村から遠く離れたこの村に一匹で迷い込んだ訳じゃないだろう。
これは飼い主が近くに、いやここに来てるんじゃないのか!?
多門という男はすげぇ感じが悪いが、おそらくそれは御門森と同じ系統のツンデレで、根っから嫌なやつではない。
地獄に仏! 蜘蛛の糸!
サプライズで登場しようと思っていたが、もうそんなことはどうでもいい。
一刻も早く洗いざらい話したくなっていたオレは藁にも縋る思いでケツを上げた。
「おい。お前の御主人さまはどこに居るんだ? ここに居るのか?」
黒駒に聞いても答えちゃくれない。だって犬だもん。
しかし利口な犬である。
オレの言ったことを理解した様子でズボンを咥えてついて来いと言わんばかりに歩き出した。
「案内、してくれるんだよな?」
黒駒が真っ直ぐ向かう先は庭の人だかりの中心で、タイミング悪く零がオレと黒駒を振り返った。
うわっと思ったが零もうわっとした表情を浮かべて後ずさった。
そう言えば昨日の話で、どこだかの心霊スポットに侵入した時に犬に追い駆け回されたって言ってたっけ。
犬にトラウマがあるらしい零からすれば狼の様な黒駒は恐怖だろう。
とりあえず零はオレに絡んでこないことに安堵だが、黒駒はずんずんと若い女の子の人だかりを掻き分け進んで行くので、オレはそっちの方に不安を覚えた。
こんなところに多門が居るのか?
居たとして何しに来てんだよ。
もしや実はこれは何かを炙り出す為のお仕事で、集まった女の子の中に憑りつかれた子が居るとかなのか!?
けれど辺りを見渡しても不穏な気配は一切無いし、むしろ女の子たちが放つピンクのぽわわんが目に見えるようだ。
「く、黒駒? 黒駒さん?」
リードがあれば引っ張って引き留めたい。
オレをどこへ連れて行ってくれるつもりなのかと。
四重になっていた人だかりをひと足先に抜けた黒駒はオレに背を向けてお座りをし、輪の中心で顔を上げた。
そこ、そこが目的地なんだな!?
オレは女の子たちに謝りながら歩を進め、輪の中心と思われる空間に転がり出た。




