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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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2


「私、もう少しで臨月だから無茶は出来ないわよ?」


 身軽だったら無茶をするのかと言われれば時と場合による。


「比和子様は鈴白行脚はご存知ですよね」


 竜輝くんに聞かれて私は頷く。


 正武家の次代が五村各地の曰く付きの場所を鎮めの為に廻るのだ。

 田んぼのど真ん中に小さな橋が架かっていたり、明らかに怪しいものから、シタタリ坂のように日常生活に溶け込んでいるものもある。

 長い年月をかけて徐々に鎮めるためと、異変が無いか確認するための見回りを鈴白行脚という。

 行脚の場所は正武家の目が届きやすい鈴白村に多く点在しているが、他の村にも数か所あるという話は玉彦から聞いている。


「行脚の供をするの? 竜輝くん」


「いえ……。そうではないのですが」


「下準備で見に行っておこう的な?」


「そうではなく……」


 歯切れの悪い竜輝くんにあれこれと聞いてみても埒が明かず、私はエドワードにターゲットを移す。


「二人揃って来たってことはエドワードも何か知ってるのよね?」


「知ってる。タツキ、オレから言うぞ?」


「ちょっと待て。やっぱり……比和子様を巻き込んでしまうのは……」


「ここまで来てそれはないでしょ、竜輝くん。玉彦とか誰かに話せば、私の耳にも入るわよ」


 青少年二人は本当は澄彦さんや玉彦、それか先輩の稀人たちに話をしたかったが、彼らはお役目に大掃除と忙しく手が空かず、仕方ないので暇しているであろう私に話を聞きに来たのだろう。

 観念した様子の竜輝くんは自分の人選ミスを呪いそうな面持ちで、重たい口を開いた。


「比和子様は行脚の一つである『緑林の倒れずの木戸』をご存知ですか?」


 人の手により整備された竹林が美しい緑林村。

 竹以外にも森には様々な木々が植林されており、緑林村は林業が盛んな村だ。

 玉彦の母である月子さんの実家もお弟子さんを抱えて林業を営んでいる。


「あー……木戸、ねぇ……。知ってるわよ。よーく知ってる。ダメよ、あそこは。本当にダメ。何がダメって……」


 私は祝言の席で玉彦の母が冴島月子だと知り、そして彼女の姪の流子ちゃんに玉彦を貶され、後日流子ちゃんが謝罪に来たことで縁が出来た緑林村の冴島家とはたまに行き来する間柄になった。

 その記念すべき一回目の訪問時。

 冴島家を後にした玉彦と私と須藤くんは、たまたま近くを通りかかった木戸に立ち寄ったのだ。

 本当は鈴白行脚で訪れるのが本来の流れだが、通りかかったのも何かの縁で、行脚でなければ立ち寄ってはいけないものでもない、と気軽だった。


 『緑林の倒れずの木戸』は竹林の奥深くにぽっかりと胡散臭いくらい綺麗に繰り抜かれた楕円の空き地の手前にある。

 玉彦の説明を受けなくても空き地には昔誰かのお屋敷があって、木戸はその出入り口だったことが私にも分かる。

 お屋敷や塀は取り壊されたか朽ちてしまったのか跡形もないが、ぽつんと観音開きになる屋根付きの木戸だけ残されている格好だ。

 木戸はどんっと立っており、何が支えになっているのか分からない。

 本当に木戸と屋根だけなので、強風が吹けば倒れ、雪の重みで潰れたりしそうなものだけれど、木戸は倒れずにそのままを保っている。

 実際私も木戸を両手で押してみたけれど、びくともしなかった。

 そして遠慮なく蹴ってもみたが揺らぎもしないのだった。

 木戸は観音開きの仕様で、引き開けてみても変わりはなく、そして通り抜けても異世界に行ってしまうだとかそんなこともない。

 ただ、そこに倒れもせずに佇んでいる。それが緑林の倒れずの木戸だった。

 それでまぁ、何がダメなのかというと……。


 私はその時の強烈な出来事を思い出し、豹馬くんばりの白目になる。

 玉彦は凝固し、須藤くんが本気の絶叫を上げた光景が思い出される。

 青少年二人が木戸へ行けば、もっと酷いことになるだろう。




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